ダーティハンター孫七
うじさね様作
ダーティハンター孫七1
ダーティハンター孫七2
ダーティハンター孫七1
草原を吹き抜ける風が芽吹いたばかりの若葉の香りを軽やかに運んでいく。
季節は春も中頃に差し掛かり、冬の寒さも、いずれ訪れる夏の暑さも感じられず、正に春真っ盛りと言わんばかり。
蜂はせっせと花々から蜜を集め、小鳥のさえずりが遠くの木立から聞こえてくる。
ここでは蜜を集め飛び回る蜂の羽音も、小鳥のさえずりも眠りを誘う子守唄の様に感じられる。
そんな草原の真ん中に、まるで働き蜂のようにせっせと動き回り、小鳥のさえずりをかき消すほどの大声を出し、手際よくキャンプを張り、簡単な物見やぐらを築く男達がいた。
彼らはこの草原より北東に数キロ行った所にある町、ミナガルデのハンター達である。
この世界には数々の動物の他に、鳥のように空を自由に飛びまわり、鋼鉄をも弾く堅い鱗を身に纏い、その口からは火山より噴き上がる溶岩よりも熱いといわれる炎を吐き出す“飛竜”と呼ばれる生物がいる。
彼らハンターは主にその飛竜の脅威から人々を守るために存在する。
「わかー!準備できましたよー!」
キャンプを張り終えた頃、資材を運んできた荷馬車に向かって大声で誰かが叫んだ。
しばらくして、大あくびをしながら荷馬車の荷台から男が寝ぼけた顔を出す。
若と呼ばれた男は、ミナガルデで傭兵の仕事を生業にしている“雑賀組”の若頭“雑賀孫七”である。
この孫七、元々はミナガルデででも評判の悪童。
孤児院の前に産まれたばかりの赤ん坊が捨てられている事はミナガルデでも珍しい事ではないのだが、その可愛そうな赤ん坊の中に孫七もいた。
孤児院ではカリムという名を付けられた。
カリムは10歳の誕生日まで孤児院で過ごしたが、誕生日のあくる日には孤児院にはいなかった。
元々きかん坊で、手癖も悪く協調性もないカリムだったから、孤児院の方もほとほと手を焼いていたのか、いなくなった当日こそ慌てはしたが、翌日からははじめからいないものとして扱った。
孤児院には子供のできない夫婦や、老夫婦が、孤児達を養子にもらいに来る事もあったが、カリムは彼らにもらわれる事もよしとしなかった。
カリムより後に孤児院に入ってくる子供達の事を見て、カリムは大人の身勝手さ感じ取っていたからだ。
そのうち、いい子にしている子供たちがもらわれていくのを知っていたカリムは、わざと暴れてみたり、自ら評判を下げる事もした。
その甲斐あってカリムに声がかかることはなかったが、乱暴者のカリムの側には、大人どころか孤児院の仲間の姿もなかった。
孤児院を飛び出したカリムに行く先があるわけもなく、町外れの廃屋で雨風をしのいだ。しかし、金に関しては簡単ではなく、孤児院を出る時に盗んだ金もすぐに底をついた。
偶然にも財布を拾ったことはあったが、うまい話が何回もあるわけでなく、結局は食べ物を盗んで細々と命を繋ぐ、いやしい盗人になっていた。
ある日、いつも通りに人込みに紛れて八百屋の店先から果物を盗んだ時転機は訪れた。
カリムはその小柄な体躯を生かして、例え盗みがばれても人の波を素早く、縫う様に走り去って盗みを成功させていた。
ほとんどは人の波に邪魔をされて進むことすらできず、大声で悔しがる。
例え強引にかき分けて来たとしても、カリムは俊足で近くの路地も完璧に覚えていたので、簡単に撒くことができた。
その日も、誰かが追いかけてくるのはわかったが、特別気にしていなかった。
どうせ追いつけるわけがない。そう思った次の瞬間、右腕を強く引っ張られる感じがして、気がつくと仰向けで空を見上げていた。
何が起こったのか混乱していると、雲ひとつない青空を覆い隠すように男が顔を覗かせた。
その顔を見て、ああこいつに捕まったのかと、はじめて気がついた。
「なんだ?その顔は。追いつけるはずないとでも思っていたのか?」
男は勝ち誇ったような笑顔で見下ろしている。
男はしゃがんではいるが、よく見ると小柄で、カリムよりも少し大きいくらいだろうか。
なるほどこれなら人込みも苦ではないだろう、それにこの体つき、小柄だが筋肉隆々としていて、足だってカリムの足に比べれば丸太にだって見えるほどだ。
俺の命運もここまでか、煮るなり焼くなり好きにするがいい。さすがのカリムもこの時ばかりは諦めた。
そんなカリムの観念した顔を見て、男も油断したのだろう、少し右腕を掴む力が弱まった気がした。
そこは、今まで一人で生き延びてきたカリムだ、このまま警察に突き出されるくらいならとばかりに、掴まれた右腕を無茶苦茶に振り回し、掴んだ手が離れると見るや、男を思い切り突き飛ばして人込みの中へ一目散に駆け込んだ。
しかし、カリムの抵抗もここまでだった。
市場の賑わいを目と鼻の先に感じながら、ぶち当たった壁はまたしてもあの男だったからだ。
今しがた突き飛ばしたはずの男は、およそカリムの知っているどんな人間よりも身軽で力強かったのだ。
「やれやれ、油断も隙もあったもんじゃない。お前の盗んだ分は俺が代わりに払ってやったんだ。代金分は働いてもらうからな。」
そう言うと、今度は逃げられないように、暴れるカリムを小脇にしっかりと抱きかかえると家路につくのであった。
カリムが暴れ疲れた頃、男の足が大きな屋敷の前で止まった。
「おいお前、ここはやばいだろ。早く歩け!なにされるかわかんないぞ!」
カリムは小声だけど強い語調で男に言った。男がカリムの方を見て、少し笑った。
「お前…まさか…。俺を売る気か!?それだけは勘弁!後生だから!」
カリムは暴れ疲れたはずの体をこれでもかと揺すり暴れ、さっきとは違って大声で抗う。
「お前を売る?俺はお前を買ったんだぞ?それにここは俺の家だ。」
カリムは男の言葉に耳を疑った。
だって男とカリムの目の前にある家は、ミナガルデでも評判のヤクザの家で雑賀組。
二人の目の前には木で出来た立派な門が構えられ、門の奥には更に立派な武家屋敷風の建物が伺える。
「雑賀組にようこそ。」男はカリムを抱えたまま門をくぐる。
「バカッ!冗談じゃすまないんだぞ!お前ここがどこかわかってんのか?ヤクザだぞヤクザ!」
暴れるカリムを一笑に伏してなおも男は歩き続け、ついには屋敷の敷居をまたぎ、広い廊下を突き進む。
そこでカリムは予想だにしない光景を目撃した。
広くどこまでも続いていそうな廊下に面した部屋という部屋から、次々と屈強な男達が現れ、カリムを抱える小柄な男に組長と言いながら深々とお辞儀をしているのだ。
それははっきりとカリムを抱える男に注がれ、間違いなくこの男のことを組長と呼んでいる。
頭の中が真っ白になった。人は絶望した時、頭の中を無が支配するのだとこの時初めて知った。
わずか数分の出来事だったのかもしれない、けれども絶望の中手足をだらりと力なく垂らし、小脇に抱えられたまま男達の挨拶を全身で受け止め、ヤクザの組長に運ばれた数分は何時間にも感じられた。
もしかしたら悪い夢で、目が覚めるまで廊下も、男達の挨拶も終わる事がないのだ。そうに違いない。これが夢でないなら何を夢とするのか。
などと自問の末なんとか活路を切り開こうとした矢先道は再び閉ざされた。
外見の武家屋敷風の造りからは想像もつかないほどやわらかなソファーに腰掛けさせられたからだ。
カリムが現実逃避しているうちにどこか部屋に入っていたらしい。
ふかふかのクッションに腰が沈む感覚が生々しくカリムを現実に引き戻す。
部屋の中にはいかにもといった風貌の男が二人、門番のように戸口付近に立っている。
目の前には心なしか嬉しそうな組長が、ソファーに腰掛けてカリムを見ている。
「俺の名は雑賀孫二郎。お前、名は?」
カリムは突然の自己紹介に度肝を抜かれてしまった。
先に名前を聞いてきたら、揚げ足の一つでも取ってささやかな抵抗でもしてやろうと思っていたからだ。
そもそも、そんな度胸が自分に備わっているとは微塵も思わないが、そういう心意気だけはあったから、本当にやる気がなかったとしても、なんだか先読みされたような、肩透かしを受けた気分になった。
少しの沈黙。孫二郎がもう一度口を開こうとしたのを見て、孫二郎が声を出すより速くカリムと名乗ると、開きかけた口はそのまま満足そうな笑顔になった。
孫二郎は顎を手でさすり、その名は親からもらったのかと聞いてきたので、孤児院で貰った名だと答えた。
すると、孫二郎の眉間にしわがより、少しの間うんうん何かを考えるとこう言った。
「今日からお前は孫七だ。雑賀孫七!俺の息子だ。カリムなんて縁起の悪い名前捨てちまえ。借りを無にするだなんて縁起が悪いにも程がある。」
孫二郎は嬉しそうに笑っていた。カリムはまだ事の次第を飲み込めていなかったが、つまらない駄洒落だと思った。
そして、もう一つ。真っ白になる頭の中にこだまする言葉、俺の息子だ。どうやら今日からヤクザの子になるようだ。
この時孫七は14歳。孤児院を飛び出してから実に4年の歳月が過ぎ去っていた。
完全に覚醒していない体をひきずって、ふらふらとキャンプまで歩いていると三郎太に声をかけられた。
「兄貴、なんだか顔色が悪いようですけど、具合でも悪いんですか?」
三郎太は孫七が養子に入った後に孫二郎が拾ってきた子供で、孫七より2つ年下。本名は三島三郎太だが、サブの愛称で親しまれている。
最近入った組員の中には、本名がサブだと思っている者も少なくない。
「ああ、悪い夢をみてな。」
「兄貴でも悪い夢見るんですね。夢の中でも暴れてるとばっかり思ってましたよ。」
「親父の夢だよ親父。拾われてきた頃の夢見ちまった。あー最悪だ。」
孫七は引きつった笑いで、首を鳴らしながら大きく伸びをした。
体中の眠気が頭の方まで上がってきて、大きなあくびと一緒になって出て行ったような気がした。
「よーし、目が覚めた。悪夢ともおさらばだ。」
軽く右腕を回しながら中空に声を張る。
草原に張られたキャンプは、中央の大きなテントを囲むように円形のテントが3つと、物見やぐらが組まれ、やぐらには既に監視がついて、遠くの空を双眼鏡で警戒している。
草原のキャンプには全部で10人の組員が配置され、慣れた手つきで食事の準備をしている。
このキャンプで依頼された飛竜が現れるのを待つ。
しかし簡単に現れると言っても、それは到着後すぐであったり、長い時には一ヶ月もの間待ちぼうけをくう時もある。そのための大掛かりなキャンプなのである。
朝から働き詰めだった男達は昼食をとると満足げにくつろいでいた。後はお目当ての飛竜が出てくるまでは食事と睡眠の繰り返し。そこには化け物退治の緊張などこれっぽっちもない。。
孫七もまた、まどろみの中に身を投じようとした時、深い霧を晴らすかのような物見の声が響いた。
「12時の方向飛竜です!火竜リオレウス出ました!」
物見の声に呼応して一斉に立ち上がり、大地を揺るがすような低く太い声を上げ、各々の持ち場に着く男達。
ビリビリとした緊張が平和な草原の空気を張り詰めたものに変えていく。
「サブ!銃をよこせ!」
三郎太から銃を受け取り、弾が込められているか確認する。
直後に角笛の音が草原に鳴り響き、飛竜を呼び寄せる角笛の音色が、否が応にも緊張が高まる。
「火竜気付きました!こちらに近づいてきます!」
物見の声で更にヒートアップする男達の興奮の声を聞きながら、孫七はゆっくりと銃を構え、照準を覗き見た。
肉眼ではまだ豆粒ほどの大きさの火竜も、照準越しにはとても大きく見える。
いかなる刃をも弾き返す鱗は赤黒く、トカゲのような頭部にはとげとげしい鱗が逆立っている。
少しずつ、倍率を上げたままだと視界に余るようになってくる。間近まで火竜が迫ってきているのだ。
大空を飛び回る火竜リオレウスは、その勇猛な面持ちと、雄大な羽ばたきから天空の王者と称される事がある。
空を飛ぶ事のかなわなかった人類のつけたその名は“天空の”と前置きしている分、いささか皮肉めいている。あたかも地上は人類のものだぞ、と誇示しているかのようにも聞こえる。
キャンプの目前にまで火竜が接近し、そのただならぬ気配に空気が震えるのを感じる。
火竜の尾には猛毒を分泌する棘が生えている。その毒は大型の生物からは動きを奪い、人からは瞬く間に命を奪うほど強力。
火竜の多くは狩りの時に尾の毒を使う。まさにキャンプを目前として、今まで地面と水平に構えていた翼を前面に押し広げ翼膜で風を受け止めると、止まり木に止まろうとする鳥のような格好になった。火竜がご自慢の毒を使おうとしているのである。
火竜は翼を押し広げたまま首をもたげ孫七を睨みつけると、そのままの勢いで尾の先端にある棘を孫七めがけて突き出しながら迫ってきた。
孫七もこの時とばかりに引き金を引く。
辺りに火竜の咆哮と銃声が鳴り響く。
「堕ちな、チャンピオン。」
にやりと孫七が口の端を上げると同時に、火竜の眼前まで飛んでいった弾丸が爆発し、中からネットが飛び出した。
ネットは全身で飛び掛ってくる火竜を大きく包みこみ、大きな翼は羽ばたく事を否定され、太くたくましい足から伸びる凶暴なかぎ爪の一本一本にネットの網目が絡みつく。猛毒を蓄える長い尾もぐるぐるにネットが絡みつき、もはや自由に振り回す事もかなわない。
自由を奪われた天空の王者は孫七の頭上を通過し、やぐらを破壊しながら地に堕ちた。
背後で2発の銃声が響き、直後に2発爆発音がした。
雑賀組の狩りはいつもこうして行われる。孫七がネット弾で地に落とし、更に2発ネット弾を撃ち念を入れる。あとはとどめを刺すだけという手順だ。
裏に回ると自由を奪われた火竜の頭に銃口が向けられていた。
鋼鉄を弾くほどの鱗でも至近距離で撃たれたらひとたまりもない。
遠近感を失うほどの巨体を持つ火竜だが、完全に自由を奪われた姿には王者の威厳などどこにもなく、銃口という運命の先を突きつけられてなお諦めることなく抗う様は、かごの中の小鳥よりもあわれに見えた。
孫七は火竜に背を向けると遠くの青空を見やった。
雲ひとつない青空、どこまでも広がる緑の草原。
胸いっぱいに草原の空気を吸い込むと、後ろで銃声が聞こえた。
任務完了と、ため息混じりに呟いた。
ダーディハンター孫七2
リオレウスを仕留め、その晩はキャンプで酒盛りをした。明日の朝にはミナガルデから解体業者がやって来て、リオレウスの死体を持っていくだろう。
昔はハンター自らが解体し飛竜の鱗や甲殻など、高値で売れるものを持ち帰った時代もあったらしい。さすがにそれでは効率が悪い。だから今は討伐後、街まで使者を出して解体業者に連絡を取る。こうすることによって折角仕留めた獲物を余す所なく利用することができる。
早朝解体業者がやってきて、手際よく解体していく。昨日まで大空を飛び回っていた王者は、翼をもがれ、大きな荷車に威厳なく積み重ねられている。
「今回はまた、随分早く終わったじゃないか」
顔見知りの解体業者、佐藤陣八が声を掛けてきた。
「まったくだ。山奥でやるよりかは早いと思ってたけどよ、まさか当日に出くわすとは思ってもいなかったぜ」
孫七は満足気に荷車に積み上げられたリオレウスを見上げた。
「これでひと月は仕事しなくてもよさそうだ。いや、こいつの売却代も入れるとふた月はいけるかな」
「いつになく肥えてるし、相当な値がつきそうだな。今度おごってくれよ、若頭」
おう今度な。そう言って陣八を見送った。
テントと崩れたやぐらを畳んで、町に戻った頃には昼過ぎだった。
孫七は組長に討伐完了の旨を伝えると、組長と共に今回の依頼主であるミナガルデ市長のもとへ向かった。。
一般のハンターはミナガルデハンターズギルドで民間人からの仕事を請負いそれをこなす。
民間人が仕事を依頼する場合、ハンターズギルドに相談に行き、相談内容に見合っただけの報酬を提示する。そこで審査に通ってはじめてギルド掲示板に依頼内容が貼り出され、一般ハンターがそれを受注する。
雑賀組はそのシステムを一切利用せず、ギルドを通さないで仕事を請ける。
それが傭兵部隊雑賀組なのだ。彼らは金でミナガルデに雇われている。
だから本来ハンターなどとは分けられてしかるべきなのである。彼らがハンターと呼ばれるのはモンスターを狩る時だけだ。
彼らは人も殺す。町を守るためには他者の犠牲をいとわない。それが本来のヤクザなのだ。
市長室に案内され部屋に入る。
依頼が成功したにも関わらず市長は狼狽した顔をしていた。まさか成功した事を知らないわけじゃないだろう。
「どうした、いつになく情けない顔をしおってからに」
孫二郎が聞く。
「どうやら、知らなかったとはいえ大変なモノに手を出してしまったらしい。詳しくはこれを見てくれ」
市長は一通の手紙を差し出すと頭を抱えてしまった。
手紙にはこう書いていた。
親愛なるミナガルデ市長へ
この度は、俺様の可愛がっていたペット、リオレウスを殺してくださったそうで、大変頭にきている。
代わりと言っては可愛そうだがお前の娘を頂いた。
勿論可愛そうなのは俺のリオレウスの事だ。
お前のブサイクな娘が何人いようと代わりになんてならないからな。
しかし俺も悪じゃない。
条件が二つある。
お前の娘を返す代わりに金を用意すること。
その金を持ってくるのは、可愛いリオレウスを殺した奴であること。
この二つだ。
金は2千万ゼニー。
ミナガルデ市長くらいなら簡単な額だろう。少し税金として搾取するだけでいいんだ。
それと、もし約束を破ったなら町を襲って全部頂くからそのつもりで。
約束の日は3日後の夜。
それではごきげんよう。
青の旅団団長 青目吾郎
一読して吐き気がした。いくら学のない孫七でもわかる。なんて酷い文だ。孫二郎もそう思ったのか顔をしかめている。
「それで、どうする気なんじゃ?」
「どうするもこうするも、従うしかないでしょう。あんたらには悪いが行ってもらうよ。そうでなければ娘も町もお終いだ」
ほう。と孫二郎が言う。
「なんで余裕なんだ!相手は青の旅団だんだぞ!君達はわかってるの――」
「わめくな小僧!」
市長の言葉を孫二郎は恫喝でかき消す。
「いいか。儂らはなんのためにいる。ただモンスターを狩るためだけにいるのではないぞ。この町を守るためにいるのじゃ。それを思い出せ」
ああ、市長が呆けたような声を出す。
「儂らはこの町の傭兵じゃ。貴様も儂らの実力を知らぬわけではあるまい。ならば信用することじゃ。雑賀組は負けん」
「し、しかし。金はどうする。相手は青の旅団だ。金がなければ――」
「バカもん!」
孫二郎はまた市長を怒鳴りつける。これではどっちがどっちだかわからない。
「まだわかっていないのか。金など用意することはない。儂らがすべて解決させる。旅団も娘も全てな」
市長はまた、ああと言った。
「しかし、青の旅団の力を知らないわけじゃない。そこで相談がある」
孫二郎は不適な笑みを浮かべた。
「今回の仕事に関して、いつもどおりの報酬はいらん」
「親父!」
孫二郎の突然の申し出に思わず孫七が声を上げる。
簡単に終わった仕事ではあるが、相手はリオレウスだ。危険は伴う。今回はたまたまうまくいったが、過去に仲間が死んだり、大怪我を負うこともあった。そんな相手を倒した報酬を放棄するなど考えられない。
しかし、声を上げる孫七を制して孫二郎は淡々と続けた。
「その代わりリオレウスを頂こう。それと工房も使わせてもらうぞ」
次に驚きの声を上げたのは市長だった。
「バカを言わないでくれ!丸々一頭なんて非常識すぎる!モンスターの売り上げから報酬を出しているのに、それではいつもの倍払うって事じゃないか!」
市長の言い分ももっともである。
通常仕留めたモンスターは解体業者によって運ばれ、それをセリにかける。
その時、モンスターの所有権は狩りを行った者ではなく、狩りを依頼した者にある。
勿論請け負った側は基本報酬として金を受け取るが、モンスターをセリにかけた額の何割かも追加報酬として貰う事ができる。
「勘違いしておるようじゃな。人の話は最後まできちんと聞け。儂が欲しいのはリオレウスの一部を使った防具じゃ。その部分をちょいとばかしくれと言っておる。勿論セリにかける前にな。残りの部分は好きにせい。今回に限ってはそれ以外に金は望まんよ」
「親父!それじゃあ俺らの、子分達の給料はどうするんだ!みんな楽しみにしてるんだぞ!」
孫七が今度は言いたい事を言えた。防具なんて金貰ってから買えばいい。いつも必要な時はそうしている。
「それにセリなら既に始まっている時間だ。今更どうこうできるわけない」
「セリの事は大丈夫じゃよ。青の話をしたら、みんな怖がって誰も寄り付かんようになったわ。じゃからセリも始められん」
一息つくと孫二郎は孫七の方を見た。
「給料の事も心配いらん。考えがある」
そういうと孫二郎は席を立った。
「おお、忘れる所じゃった。青狩りな、成功したら今回の3倍の報酬で頼むぞい」
閉じていく戸の向こうで市長の驚きの悲鳴が聞こえた。
旅団退治で給料か。なんにせよ支払いが遅れるわけだ。
子分達になんて言おう。少し気分が重くなった。
市長邸を出てまっすぐセリ市場へ向かった。
市場に着くと、今朝運ばれたばかりのリオレウスがいた。
「孫七じゃないか!孫二郎親分までご一緒とは、恐れ入ります」
解体業者の陣八である。
ミナガルデのセリは、モンスターを引き渡した解体業者がする。
個人でセリをする者も中にはいるが、相手は海千山千の商売人だ、思った通りの値段で売れることはまずない。
ミナガルデでの報酬の仕組みはこうだ。
ハンターは基本報酬と狩りの目標、己の腕を見比べて依頼を受ける。
今回のようにリオレウスの場合は一万ゼニーが基本報酬の相場である。
狩りが終わると解体業者を呼び、セリにかける。
この時、雑賀組のように頭以外の部位にほとんど損傷のない“綺麗”な商品ほどセリでの価格は高い。
今回のようなリオレウスの場合、20万ゼニーが大体の相場で、それを事前に取り決めた分配率で依頼主、ハンター、解体業者に分けられる。
通常依頼主は6割〜7割でハンターは2割〜3割、解体業者は5分くらいが相場になっている。これを追加報酬と言う。
とは言っても、これと言った法律もないので、獲物が思うように高く売れなかった場合は解体業者の取り分は責任として減らされるし、双方の取り決めによっても内容は違い、中には基本報酬が高い代わりに、追加報酬はなしという取り決めをしてくる依頼主もいるらしい。
「お前らなら知ってるだろうが、こいつは青の旅団の所有だったらしい。お陰で怖がって誰も寄り付きゃしない」
「今さっき市長から聞かされたよ。お陰でこっちは給料も出せない」
「ん?基本報酬は貰えるんじゃないか?追加は無理でもよ。なんせこの有様だ」
陣八の問いには親指で組長を指して答えた。リオレウスを一周して孫二郎が戻ってきたのだ。
「いいリオレウスじゃ。どうせセリも始められまい。少し使わせて貰うから工房まで運んでくれんか」
孫二郎が満足そうに言う。
「こいつと引き換えに報酬はなしって事」
なるほど、と陣八が言った。
ミナガルデには3軒工房がある。
勿論、すべて武器と防具を扱う鍛冶工房だ。
どの工房も狩りのメッカミナガルデの名に相応しく腕は確かだ。
その中でも、ミナガルデの父と呼ばれる鍛冶師、千子村崎(せんこむらさき)がいる。
そもそも、草原の中で牧畜が主産業だったミナガルデがここまでの町に発展したのにはわけがある。そのわけのほとんどすべてを作ったのがその鍛冶屋だ。
ミナガルデは、地理的に奇異な場所にある。
四方を草原に囲まれてはいるが、北に3日も歩けば活火山のある連峰に辿り着き、南に3日も歩けば熱帯のジャングルに辿り着く。西には広大な湿地が広がり、東には広大な平原と丘、そして森が広がっている。
この町はおよそハンターの好む“狩場”が手の届く場所にすべてある、世界でも珍しい町なのだ。
しかし、彼が来るまでこの町がハンターの町と呼ばれる事はなかった。
何故か。
あまりにも辺境すぎたのだ。東に歩けば帝都に着くが、それにはひと月もかかる。それに加え特産の一つもない。ミナガルデは近隣の村――とは言っても一週間はかかる――以外で知る者がいないほど小さな町、集落だったのだ。
それが千子の登場で180度変わる。
正確には千子と“孫二郎”だが。
この二人がある日何の前触れもなくミナガルデ集落に訪れた。
そこで開口一番こう言ったそうだ。
「この場所はいい!狩るべき竜がわんさといる。これを狩らずに牧畜などしているからなめられるのだ」
その言葉を聞いて、当時の集落の人々は大いに驚いたそうだ。
なんせ人の何倍も大きく、熊や狼よりも獰猛な竜を狩ると言うのだ。驚かない方がどうかしてる。
彼らは当時、狩られる側だったのだ。
その後、千子の鍛えた武具に身を包んだ孫二郎が見事竜を狩る事に成功し、そのまま伝説になった。というのがこの町の発祥らしい。
孫二郎が一人で飛竜を狩ったという辺り胡散臭いが、両者が尊敬されている事には違いなく、当時を知る老人も口を揃えて言うのだから本当なのだろう。
なんにせよ、俺は半信半疑だがね。孫七はそう思う。
その後、どういうわけか一人で飛竜を退治した孫二郎よりも、飛竜を切り裂く武器を作った千子の方が有名になる。
その当時この地方では竜に対して有効な武器などなく。ただ指を咥えて家畜を狩られるのを見ていたらしい。
それでも腕っ節に自信がある者は何人かいて、武器さえあれば自分でも狩れると思った事が原因のようだ。
結果は推してはかるべし。千子の鍛えた武具を持ってしても、孫二郎以外誰一人飛竜を狩る事はできなかった。
しかし、その代わりに千子の作った防具のお陰で命を落とすものもいなかった。
そこでまた千子の評判が上がった。
飛竜を切り裂く武器を鍛える上に、飛竜の牙も爪も、火炎さえも通さない防具を作ると噂になった。
確かに、千子の腕もよかったのだが、種を明かせばなんてことはない。
その当時帝都では飛竜に対抗する武器も防具も完成しており、そこら中で飛竜狩りが行われていたのだ。
そんな状況ではうまく稼げない。そこで帝都から西へ旅立ったのがこの二人だった。
帝都では誰も驚かない技術は、蛮族に近い暮らしをしていたミナガルデの人々を驚かせるには十分だった。単に先進技術を教えただけ。それだけだ。
しかし、帝都の人間にはそれだけの事でも、ミナガルデで生きる蛮族にも近い人々には違った。
ミナガルデで起きた事件は大きく姿を変えながら帝都まで広まり、新しい狩場と伝説の鍛冶師のいる町としてミナガルデは紹介されたのだ。
その後は噂を聞きつけた鍛冶師やハンターが集まり、やがて金儲けになると帝都の富豪達が出資までして町を大きくした。
お陰で辺境の集落ミナガルデは今では辺境の大都市ミナガルデだ。
「村崎。ちょっと工房を貸してくれんかな」
工房に入るなりこんな事を言う孫二郎はどうかしてる。
「なんだ孫二郎か。いきなり現れて工房を貸せとはどういう了見だ」
工房の主、千子村崎は今では弟子にほとんどの仕事を任せていて、一日の大半を店先で過ごしている。それでも千子の店の評判が落ちないのは、弟子にまで千子の技術がしっかり受け継がれているからだろう。
「今回はちぃと面倒な事になりそうでな。お主に作って貰いたい物があるんじゃよ」
「お前が直々に俺に頼みごととはね。どれ、面白そうだ。聞かせろ」
「少々難解な頼みになるが」
「バカ言うんじゃねぇ。俺を誰だと思ってやがる。お前の命を何回も救った防具と、お前の――」
「わかったわかった。それ以上は何回も聞かされて覚えておるわい」
孫二郎が村崎の言葉を制す。
「お主の力を知っておるから頼みに来たんじゃ」
そう言うと孫二郎が孫七の方を振り返った。
「お前は青の旅団について調べておけ。儂はこ奴と長くなるでの」
孫二郎はそのままなにやら話しながら工房の奥に入っていった。
仕方ない。調べてみるかと思い、工房を出ようとしたら孫二郎の大きな声で怒鳴られた。
「孫七!わかったら早くいかんかい!それと陣八。リオレウス裏口に回しておいてくれよ」
「はい!」
孫七と陣八は揃って答えた。
孫七は雑賀組の自室で寝転んでいた。
孫二郎から言われた青の旅団の調査は、孫七が指一本動かす間もなく終わりを告げた。
千子の工房から屋敷に戻り、弟分の三郎太ことサブを呼びつけ、さぁこれから調査に出かけようとした時、サブから書類を渡されたのだ。
親父から預かったという書類に目を通すと、その書類には青の旅団の事が詳細に書かれていた。
まったくあの親父ときたら、まるで何もかもわかっていたみたいじゃねぇか。そもそも今回のセリといい、根回しが早すぎる。
そうなのだ、孫七は自分で考えて気づく。どうみても根回しが早すぎる。親父は市長室で、はじめて旅団の竜を狩ってしまったのを知ったはずなのだ。
「ああ、やられた」
サブが、この兄貴は一体何にやられたんだろう、という顔をする。サブは中身をまだ見ていないのだ。
当たり前のことながら、こういうサブの真面目な所には感心する。これが孫七だったならば、とっくに中身は盗み見てしまって、もしかしたら口頭で内容を伝えていたかもしれない。
それはそうと、全部演技だったのだ。確かに今思い返せばおかしいのだ。あそこで知ったのに、なんで根回しができるものか。はじめから知っていたんだ。すべて。
旅団の竜だと知っていて請負い、市長が狼狽しているのを見て吹っかける。すべて計算ずくだったのだ。
何度も反芻するように少しずつ理解していくと、それとは反対に怒りがこみ上げてくる。
なんで俺にまで黙っているんだよ。
そう思った瞬間、頭の中に親父の顔が浮かび上がって、「敵を欺くにはまず味方からじゃ」なんて得意気に言うものだからうんざりする。
書類には旅団の構成、仕事の仕方、まとめ役の似顔絵など様々な情報が書かれていた。よくもまあ集めたものだ。
最後の一枚をめくって、また「やられた」と声に出してしまった。
賞金首 青目吾郎 100万ゼニー
これもまた親父の作戦通りなんだろう。サブがもう一度不思議そうな顔を見せた。
そんな事が調査をはじめようとした矢先にあったものだから、孫七は手持ち無沙汰になってしまったのだ。
それで、自室で何をするわけでもなく、開け放たれた窓から、のどかな風景をただ眺めているのだ。寝転びながら。
昨日は屋敷に戻った時間も中途半端で、陽も傾こうかという時間だったのでよかったのだが、今日は朝からサブがうるさい。何度も孫七を町に誘ってくるのだ。
雑賀組の屋敷は東のはずれにある。孫七の自室は、東のはずれにある屋敷の東側にあるので、そこからの景色は、サブにとっては変わり映えのしない退屈な景色で、孫七にとっては、町の喧騒とは無縁の大自然を一望できるまさに絶景なのだ。
サブも孫七と同じで孫二郎に拾われてきた。
聞けばサブも孫七と同じで孤児院上がり。例に漏れずに手癖が悪く、さすが孫七の後輩だと孫二郎は笑ったものだ。
孫七に言わせれば、サブは自分とは違って体が大きくて動きも鈍い。俺と一緒にしてもらっては困る。なのだが。
サブと孫七は二人とも孫七の子として雑賀組に迎えられ、同じ時を過ごし成長していった。
それでも、同じ飯を食い、同じ訓練を積み、同じ仕事をこなしたのにも関わらず、孫七の背丈はサブを追い越す事はなかったし、サブも身のこなしで孫七を追い越すことはなかった。
同じ時を過ごしたからといって、同じ体格にならないのと同じように、性格もまた同じにはならない。
体も小さくすばしっこい孫七は落ち着いた時間を好むし、体も大きく筋肉質で、身のこなしも大柄な人特有のゆったりとした動きのサブは、変化に乏しい時間を嫌う。
孫二郎はそんな二人を見て、お前らは見た目に性格が似合ってないなと笑ったものだ。
世間では小さくてすばしっこい奴は、そわそわせかせかせわしなくて、大柄で動きもゆったりとした奴は、肝も座っていてどっしりと落ち着いているんだそうだ。
実際の所は人それぞれなんだろうが、世間のイメージではそういう事らしい。
そんな性格の二人だから、ごろごろと横になり、のんびりと畑や、その奥に広がる牧場の牛や羊、更にその奥にある青々とした草原、草原よりもずっと先にある深緑の森を眺めている孫七とは反対に、サブはそわそわと屋敷の中を歩き回っている。
「兄貴、そろそろ町にでもでましょうよ」
一体何度目だろう。数分おきに部屋に訪れては町に誘ってくるサブの声が、障子越しに聞こえる。
「わかったわかった。こう何度も来られたんじゃ落ち着いていられねえ。俺の負けだ」
ついに根負けした孫七は、障子に背を向けたまま返事をして、ごろりと仰向けになる。仰向けのまま首を障子の方にまわすと、正座したサブの大きな影が、障子に影絵のように浮かび上がっていた。座っていても大きいのだ。
ミナガルデの町はとにかく大きい。
町の端から端まで歩くには、大人の足でも半日かかる。
そして、その町を真ん中に置いても尚、その広さを誇示し続ける草原も、他には類を見ないくらい広大だ。
大昔はこの草原の中を遊牧して歩いていたのが、ミナガルデの民の始まりだというのだから、話を聞くだけでもその広さを想像するには容易いだろう。
大草原の中の大都市ミナガルデは、何もない所から少しずつ組み立てられ、孫次郎と千子が訪れてから、20年でここまでの都市になった。
町並みは、さすがゼロからのスタートを切った町には相応しいほど整然とし、物見から見下ろす町並みは、美しい幾何学模様を大地に描いている。
町は円形に広がり、十字に大通りが刻まれていて、その大通りからは、規則正しく枝線が伸び、その枝線にも太い道や細い道があり、計算された間隔で町の隅々まで広がっている。そして、その道を大勢の人が行き交うのである。
綺麗に区画分けされ、町の隅々まで行き届いた道を人が歩く様子は、砂遊びで作った水路に水を流し込んだ様子に似ている。
水は高いところから低いところに流れる。それを計算して、細かい道を作り、時には別の水路と合流させる。そして、いざ水を流し込んだとき、思い描いた通りに水が流れ、すべての水路に、無駄なく流れ込む。
水が染み込んで土色に変わった砂の水路を流れる水が、太陽の光を反射してきらきらと光って眩しかったのを覚えている。
今は道を歩く人の流れから、活気という光を感じるのだ。
サブに連れられて道を歩きながら、自分も今その活気の中にいるのだなあと思う。
物見から見た町と、こうやって歩く町とは、雰囲気が全然違う。
町の活気や、すれ違う人の息遣い、巻き上がる砂埃、物見から見下ろしていた時よりも、町の活気は近いはずなのに、妙な不安感を感じる。
俺はここにいてもいいのだろうか。俺はどこに向かっているのだろうか。そんな不安が去来する。
水路を流れる水も同じ気持ちだったのかもしれない。
このまま流れて、行き着く先はどこなのだろう、と。
上から眺める俺には、水の行方なんて手に取るようにわかっていたんだけどな。当事者にはわからない事だらけってことか。
ひとつもやもやとしたものが解決して、ふうと息を吐き出すと、店を物色しながら先を歩くサブが振り返った。
「兄貴疲れたんですか? そんなら少し休みましょう」
「馬鹿、疲れてなんかいないよ」サブの表情が少し残念そうに曇る。「だけど少し腹が空いたな。一休みには賛成だ」
そういうとサブが嬉しそうな笑顔を見せた。
軒先の長椅子に腰を掛けると、店の奥から美鈴がお盆を持って出てきた。
「あら、孫七さん。それに三郎太さんも、随分久しぶりじゃない」
美鈴は孫七とサブが町に用事がある時には必ず立ち寄る甘味屋“福の屋”の娘で、目鼻立ちもはっきりした美人で、福の屋のある北東商店街通りでも評判の看板娘だ。
福の屋は、元々は帝都にある福の屋本店の支店で、数年前にこの場所に店を開いた。それから今にかけて、流行り廃れの早いミナガルデで、客足が途絶えることもなく繁盛し続けているのは、その屋号からも伺える通り、ここの大福が滅法うまいからに他ならない。
こうやって二人が大福を心待ちにしてる間にも、手土産に持ち帰る客や、店内で様々な甘味に舌鼓を打つ客がひっきりなしに訪れているのだから、さすが福の屋と言うしかない。
美鈴が二人分の大福と緑茶を持ってくるまでの間に、数えただけでも十人は出入りしている。
「サブ、こいつはもしかしたら、俺らよりも稼いでるかもしれないな」
「甘味屋、はじめますか」
サブと笑いあっていると、お待ちかねの大福をお盆に乗せて美鈴が暖簾から顔を覗かせた。
「なに? 孫七さん、ついに堅気になる決心したの?」
二人の間に大福の四つ乗った皿と、冷えた緑茶を置きながら美鈴が言う。
「おう、甘味屋もいいなぁと思ってな」
そう言いながら大福を一口に頬張る。
すると、手で持つ分には適度な弾力でしっかり餡を包み込んでいる皮が、口の中に入った途端にとろけだす。孫七も、はじめて食べた時には驚いたものだ。
そして、とろけた皮の中から、上品な甘さの餡が溢れ出し、とろけつつもその形を残している皮と絡み合うのだ。この時の食感がなんとも言えない不思議な感覚で、噛むには柔らかすぎるのに、しっかりと存在していて、それなのに溶けていくといった感じだ。
とにかく孫七をはじめ、この店に足しげく通う客達は、この感覚の虜になってしまっているのだ。
「甘い物が毎日食べられるってのもいいですね」
サブが二つ目の大福に手をつけながら言う。
「三郎太さんがお店を開いたら、味見ばっかりでお客様に出す物が無くなってしまいますよ」
美鈴がそんなことを言うものだから、口に含んだ緑茶を噴出しそうになる。
店内に戻る美鈴を見ながら、サブは恥ずかしそうに笑った。
「美鈴の奴うまいこと言うじゃねえか」
噴出しそうになった緑茶をようやく飲んで、孫七が茶化す。口の中には冷えた緑茶の爽やかな苦味の向こう側に、大福の甘味が微かに残っている。暑い日には丁度いい苦味だ。
太陽が西の町並みの屋根に大分近づいた頃、ようやく屋敷に帰ろうかという話になった。勿論サブからである。孫七は福の屋を出たあたりで帰りたかったのだが、サブがそうさせなかったのだ。
結局その後、あれが欲しいこれが欲しい、やれ何々を切らしていた、新商品は試さないとだとか、とにかく通りの店で目ぼしい物を見つける度に足を止め、その都度長い時間話し込む。
お陰で気がつけば日暮れが近い。
昼に比べれば人通りもまばらになった商店街を歩いていると、美鈴に声をかけられた。福の屋は帰り道にある。
「あら、今帰り?」
「やっと解放だよ、まったく」
「人聞きが悪いなぁ兄貴」
サブが弱ったような顔をしたので、美鈴が微笑む。
「丁度よかった、お客さんも少ないし、どう? 新作あるんだけど、寄ってかない?」
「新作と言われちゃ黙ってられないよな、サブ?」
「“あたぼう”ですよ兄貴」
一も二も無く返事をし、店の中に入と、四つあるテーブルのうち、一つしか埋まっていない。それも四人がけのテーブルに二人だけだ。
二人は店の奥にあるテーブルに腰掛けた。丁度入り口側のテーブルに座っている二人組みとは対角の位置になる。
普段は店先の長椅子に腰掛けて食べるものだから、こうやって店内に入るのは恐らくはじめてではないだろうか。
夕闇が押し迫る店内には、入り口から差し込む夕日の橙以外に明かりはなく、薄暗い。
壁には大福、餡蜜、三色団子など短冊が貼られている。
「結構色々あるんだなぁ」
「餡蜜もうまいんですよ兄貴」
サブが得意気に言う。どうやらサブは一人でも来ているらしい。
「お前一人でも来てるのか。俺なんて大福以外何にも知らなかったんだぞ」
「それは出不精の兄貴が悪いんですよ。これでわかったでしょう。町に出れば色々な発見があるんですよ。」
「めんどくせえなぁ」
そういうとサブが酷く呆れた表情を見せる。
「まったく兄貴は仕事以外は本当にだらしないなあ」
「出不精の孫七さんも、この“くずきり”を食べれば、一人でも食べに出たくなるわよ」
美鈴がサブの後に続いて言いながら“くずきり”をテーブルに運ぶ。
目の前に、“ところてん”の入った器と、黒蜜が入った小さな陶器が置かれた。
「これはね、黒蜜をかけて、つるつるって、お蕎麦みたいに食べるの」
「ところてんに黒蜜かけるのか?」
孫七が思わず声を上げると美鈴がいいから黙って食べる、と先生みたいな口調で言う。
サブまで、そうですよ黙って食べる、なんていい始めるたものだから、
「お前こそ早く食べろよ。俺に先に食べさせて、味を確かめようとしてやがるな」
と言い返すと、美鈴に、二人とも早く食べろと怒鳴られてしまった。
結局二人して顔を見合わせ、言われるままに黒蜜をかけ、恐る恐る蕎麦の要領でつるつると食べる。
するとどうだろう、ところてんだと思っていた細長いのは、どうやらところてんではなさそうだ。ところてんより弾力があって、もちっとしていて、黒蜜とよく絡んでとても美味。
例えるなら、水羊羹のような弾力で、それよりももう少しふっくらしていて、黒蜜との相性は白玉のように絶妙。
とにかく今までに食べたことがない味わいなのは確かだ。
それはサブも同じようで、一心不乱に食べている。
「どう? おいしいでしょ?」
美鈴が頬杖をついて、いたずらっぽい目線で孫七を見る。その視線は勝ち誇ったかのようでもある。
「うまいな。それにしてもこの…ところてんのようなのは、なんなんだ?」
疑問を素直に投げかけると美鈴は更に誇らしげな顔つきになる。
「これはね、名前の通り、“くず”っていう植物の根っこから作ったものなの」
「へえ。くず、ねえ。はじめて聞いたな」
「そうでしょ。ミナガルデでも珍しい植物だからね。根っこは芋みたいに大きくなるのよ。それを砕いて、水でこして、とにかく何回もこしたら、干すの」
美鈴の熱弁は続く。それに軽く相槌を打ちながら二人は黙々とくずきりを口に運ぶ。つるつると。
「干したら、それをまた砕いて粉にして保管して、その粉を水に溶かして、お湯で茹でると固まるから、それをところてんの要領で型に入れて押し込むと細長くできるってわけよ。わかった? 話聞いてる?」
美鈴は長々と弁を振るって満足そうだ。
「ひいてふ、ひいてふ」
「聞いてる、聞いてる、だそうで」
孫七よりも先に食べ終えたサブが、口にくずきりを含んだまま答えた孫七の通訳をしてみせると、美鈴がにこやかに微笑んだ。
店を出ると、陽はだい落ち込んでいた。
「あら、いやな夕陽ね」
怪訝そうな美鈴の顔が燃えるような赤に染まっている。
孫七もサブも、美鈴の視線に釣られて夕陽に目を向ける。さっきまでの橙とは打って変わって、下品なくらいに真っ赤な太陽が西の町並みに落ちていっている。
「なんとも気味が悪いな」
孫七が呟く。それには誰も答えなかった。
不吉に燃える夕陽を見て思い出した。明日は旅団との約束の日だ。
店を後にして、歩きながら明日の事を考える。帝都でも暴れまわって、わざわざミナガルデまで流れてきた賞金首青目。
とても無事に済みそうもない。親父は、雑賀を信じろと言った。俺も自分の力と、サブと、仲間の力を知っているし、信じている。それでもやっぱり一筋縄ではいかないと思う。
「やれやれ、明日もこんなにのんびりならいいのにな」
真っ赤に染まる通りを歩きながら、わざと気楽に言った。
それにはサブは答えなかった。ただ黙々と孫七の隣で、大きな影を揺らして歩くだけだ。
弱気になるなんて俺らしくもないか。
真っ赤に染まる道に伸びる影が、しっかりしろよ、と言った気がした。