煙り
バイン様作
静まりかえる競技場、耳に張りつめる沈黙。
口を閉じることさえ忘れ、ただ次の一瞬に何が起こるかを凝視していた。
息をしていなかったかもしれない、心臓が止まっていたかもしれない。永遠に続くと思われた静寂、そしてそれが今、断ち切られる。
途端に沸き上がる歓声、動き出した時間。意味もなく空を殴ったり、自分でも何を言っているか分からないほどに叫んでいる。皆、そうだ。
狩人は飛竜の大振りの一撃を避け、あるいは防ぎ、両に持った大剣で斬りつける。血が飛び散り、酷も華やかに地を染める。
その度に、更に歓声が巻き起こる。これこそが闘い、これこそが狩りだと。
そしてついには断末魔の叫びをあげ、赤の巨体が地に沈む。
「モンスターハンター」
いつからその名が呼ばれるようになったかは分からない。だが、強大な異形の存在に挑む彼らに付けられたその称号ほど相応しい物はないだろう。
そして彼もまた、その一人だ。
第一話『足りないもの』
観客たちに一礼し、狩人はその場を後にした。
小さな洞窟をくぐり、こじんまりとした控え室に入ると、大きく深呼吸し、痺れた左手から防具を外した。
飛竜の攻撃で、大剣を通じてだが衝撃が響き、骨を痛めてしまっている。
それに、長年の相棒、――龍刀【紅蓮】と呼ばれる、竜属性を持つ業物だ――これも随分くたびれた。
そろそろ引退した方が良いかもしれない。
と思い、何度もそう思ったものの、結局は未だに闘っている自分を思い出した。
観客たちも、自分が引退したら悲しんでくれるだろうか?
自分という存在を、皆は覚えていてくれるだろうか?
いや、すぐに忘れられてしまう。観客たちは、興奮という餌を食べているだけだ。
たとえそれがどんなに美味しかったとしても、さほど強く心に残ることはないだろう。
ましてや、その餌はこの世界のどこにでもあるのだ。自分以外にも、そのような餌を与えてくれる人が必ずいる。
そう思うと、これを止めても良いんじゃないかと思えてきた。
しかし、まだ何か吹っ切れるものがない。先ほどの闘いも、死と背中合わせに闘っていたはずだ。
しかし、それだけでは満足できていない。
何故だろうか?何かが欠けている。それは何だ?
兜も外し、少し生やしている髭をなでる。自分に足りないもの。命を削るだけでは物足りていない。
少なくとも、今の生活に満足しているようには思えない。
ここを抜け出してみようか?しかし、抜け出してどうするという話でもない。
いや、そうでもない。
考え直せば、そうだ。何かが欠けている、そしてそれはここには無い。
ならばどうする?簡単だ。探せばいい。冒険だ。
狩りだけでは得られないものがあるのかもしれない。それを探すために冒険するのも悪くない。
腹の下がうずき、新たな感動の予感がした。
こういうときは、この思いが消えないうちに動いた方が良いに決まっている。
覚悟は決まった。男は大剣を背負い、新たに来た出場者とすれ違いに、この場を去った。
新たな期待に、胸をふくらませ。
アプトノスの荷車に揺られること丸2日。ようやく着いたが緑の街――カシラギ。
さほど大きな街でもなく、むしろ村に分類されるかも知れない。緑豊かな木々に囲まれるこの土地は、ジャングルとは違って涼しく、湿度も程よく気持ちが良い、新鮮な雰囲気がある。観光地としても有名だが、それ故に守りは厳重なものとなる。つまり、ハンターの出番というわけだ。
それに、いくら観光地といっても、所詮は街里離れた辺境の地。人が、もしくばハンターが、そこまで集まるはずがない。それにその方が、少なくとも今の孤高のハンターに丁度良い。
まず向かう先はギルドだ。どんな村長でもかまわないが、この村に来るのは初めてなのだからハンター登録はしておかなくてはならない。
前回のランクは20。今では最高値は30となっているが、昔はこれが最高のランクだった。
しかも不運なことに、そのランクすらも昔の話だ。どれほど昔かはこの黄ばんだ用紙を開いてみれば分かる。(更に、孤高のハンターは破れないように慎重に開いてみなければならなかった)5年前。上等じゃないか。
どう扱ってくれるかは分からないが、少なくとも素人よりはよく見てくれるはずだろう。
木々の洞のような家々が立ち並んだ道を歩き、器用に木で積み重ねて造った酒場に着いた。入り口は縦160センチほど。孤高のハンターは大きく頭を下げる必要があった。
入ると同時に――つまりドアを開ける音を聞くと同時に、酒場のハンターたちが視線をありったけ孤高のハンターに向けた。1人2本。合計20本はありそうだ。が、すぐにそほとんどの視線が消えていった。
孤高のハンターは、しぶとく残る視線を無視すると受付の向こう側にいた、赤い制服のような物を着ている――あの装備は準ギルド装備で、ハンターでも装備できたはずだ――受付嬢に、黄ばんだ紙をそっと置いて見せた。(格好良く叩きつけてやっても良いが、それで紙吹雪があがるのでは逆効果だ)
「昔、ハンターをやっていた者だ。」
古くなった紙をしげしげと見通すと、受付嬢は今度は孤高のハンターに目を向けた。その目は自分の装備に体格、つまりは実力を見計らっているのだと思った。年代物のレウス装備、古びた龍刀、ぼろけた頭陀袋のような荷物入れ。
そうして紙にもう一度目を通す。なるほど、これなら納得できる。と言いたげだ。別にどう思われようがかまわないが、それでハンターランクを下げられるのでは困る。
「5年前……ですか。」
そう言い、手袋をしたままの手で手の平にあごを置いた。村長はいないのだろう。そして、今この場はこの受付嬢によって任されている。判断が難しいのだろう。
「年寄りが今頃になってハンターに目覚めたか?」
背後から罵声が聞こえた。孤高のハンターは34歳だが、まだまだ自分はいけると思っている。歳と言えば歳だが、老人と呼ばれる筋合いはない。孤高のハンターはまだ現役なのだから。腕の損傷を除けば。
「わしゃ、まだ戦えるぞぇ?」
もう1人、別のハンターが孤高のハンターを茶化しにかかった。周りのハンターたちも大きく笑い、嫌らしい笑みを浮かべた。20代後半の4人組ののハンターだろう、と孤高のハンターは認識した。防具は新品のようだが、念入りに手入れをされている様子はない。飛竜との闘いでただの油を差すのは馬鹿のやることだが、何もしないのはそれ以下だ。
「年寄りは家に帰って、孫たちに武勇伝でも聞かせてやりな。」
孤高のハンターはレウスヘルムを取ると、罵声を飛ばしてきたハンターたちと向き合った。向こうは座っているとはいえ、こちらは相手を完全に見下す形だ。薄い灰色の目が4人のハンターたちに向けると、嫌らしい薄ら笑いも完全に消えた。睨み合い、先ほども言ったとおり、孤高のハンターは見下している。飛竜と闘うときに見せる殺気には劣るが、それでもなかなかの威力は誇っていた。どうだ?ハンターっていうのは、こうやって睨み合うだけで実力が分かるものなのだ。
「ガンくれてんじゃねえよ、おっさん。」
頭防具を取ったおかげか、孤高のハンターを老人ではなくおっさんと呼んだ。もちろん勘に障らないはずもないが、今は怒るときではない。
「ならば、どうする。」
瞬き1つせずに孤高のハンターは依然睨み付けていた。
「らちがあかねえ。」
1人の男が立ち上がった。身の丈160センチというところだろう。孤高のハンターよりもかなり短い。彼は180センチ近くあるのだ。
「狩りで勝負だ。どちらが速く飛竜を狩ってこれるか。」
そう言い、レイアの装備に包まれたハンターがクエストボードを親指で示した。狩りか、仮にも闘技場で幾つもの死線をくぐり抜けてきた孤高のハンターにとって、これは簡単すぎる挑戦状だった。受けて立とう。と言おうとした矢先に、間に割り込んできた青年に止められた。
「まぁまぁ、そう熱くなりなさんな、5人とも。」
割り込んできた青年は、手で2人を押しのけ、間を開かせた。なぜ止めるのだろう?これから狩りに行こうというのだ、喧嘩を始めるわけじゃない。しかし、青年は止めにかかった。何か理由があるのだろうか、それとも単なるお節介か。
はてさて、どちらか。