エーベルランド記【分かつ道】
ビヨンド様作





エーベルランド記【分かつ道】第一章
エーベルランド記【分かつ道】第二章





エーベルランド記【分かつ道】第一章


―永遠の生とは永遠の苦痛でしかない―
               作者不明

 夜の帳がおり始め、闇がエーベルランド全てを支配しようとしている。
 その中を、三つの影が夜気を切り裂くように疾駆している。しかし、それらは一様に異様な姿であった。巨大な二足歩行のトカゲの背から、人の身体が生えている。闇という視界を奪う空間の中にあって、それらの影はそのように見えたのだ。
「兄貴〜、やっぱり道が違ったんだな」
 ゲネポスの素材から生成された防具一式で身体を包み込んだ若者が、もう死にそうだとでも訴えるように声を絞り出した。兜は、多少熱気をはらんだ空気に嫌気がさしたのか、脱いでいる。そのおかげで、顔はありありとうかがえた。
 整った顔立ちで、金色の眉の下には同じく金色の目が優しそうに輝いており、口元はどこか自信なさげな若者だ。それだけを見れば、美男子といったところだろう。が、彼の髪型だけはどうもいただけなかった。金色の髪は両耳の10cmほど上の部分だけが逆立っており、後はオールバックでしっかりとまとめられている、まるでゲネポスの頭のそのものである。
 さらには、彼の騎乗しているものまでが異常であった。二足歩行のトカゲの正体。それは、なんと【ドスゲネポス】であった。
 ゲネポスの首領格ともいえるモンスターで、黄色を基調とした身体を橙色などのまだらが所々を覆っている。相手を麻痺させる毒爪に加え、それなりの知能は持ち合わせているが、気性が荒く、乗りこなすものなど見たことがなかった。
「情けない声を上げるな! われわれが間違っていたのではない。道が間違っていたのだぁ!」
 兄貴と呼ばれ、先頭を走っていた影の主が常人には理解不能の言葉をドスゲネポスを駆る若者に向けて叫ぶ。
 こちらは、イーオスを素材とした防具を着込み、同じように兜だけ脱いでいる。燃えるように赤く太い眉に、これまた烈火のごとき赤い眼。精悍といってもよい顔つきは、なぜか暑苦しさを覚える。おそらく、口の横のほうまで伸びているモミアゲのせいだけではないだろう。夕焼色の髪は、中央の部分が前方にかなり突き出している。モヒカンが全面に押し出された感じというと分からなくもないだろうが、それよりもドスイーオスの口の上の突起物と同じ髪型といえばそれまでかもしれない。
 こちらも、先ほどの男と同様、あまり親しまれてはいない生き物に乗っている。おそらく彼の髪型の源流となっている【ドスイーオス】だ。
 喉元に毒袋を有したイーオスの首領格で、先ほどのドスゲネポスによく似ているが、全身真っ赤で、負けず劣らず凶暴な生物なのである。
「道が間違っているんじゃなくて、道を間違ったんだよ兄さん……」
 もう、慣れたとでもいいたそうな顔で、斜め横を追従していた若者がつぶやく。 顔以外をランボス製の防具で武装したこの若者は、まだ、幼さが残る顔つきで、眉と目は揃って深い青色で、母性本能をくすぐるといった顔である。ただ、一点を覗いて。
 先ほど話していた二人は、それぞれドスゲネポス、ドスイーオスを模した髪型であったが、もちろん、彼もそれに漏れてはいなかった。
 真っ青な髪を、中央部分以外短く切っており、中央部分は、他と比べ、比較的長く、秋の稲穂のごとく、誇らしげに天高くのびている。ちなみに、その部分だけ、赤く染められていることも良く言えば印象的、悪く言えば奇妙だ。
 そして、これもまた、同じようにランボスの首領、【ドスランボス】を駆っていた。
 実のところ、ランボスというのは、ゲネポス、イーオスの元となった種であり、ゲネポスとイーオスは、このモンスターの亜種なのだ。
 この、なんとも馬鹿げた一行は、その外見とは裏腹に、大変切羽詰っている様子であった。
「むぅ……確かに、このままでは我々の伝説が、食糧不足というなんとも情けない事情により幕ひきとなってしまう。それだけは許せん!」
「うん、というより自分の方向音痴はあえて許すんだ? ハーマン兄さんは」
 冷静すぎる弟の批評は、ドスイーオスにまたがったハーマンの脳には届かなかった。
「ぬはは、安心しろ、サイラス! 俺は大丈夫だ!」
 サイラスはドスランボスをぽんぽんと優しく叩き、やり場のない気持ちをもてあましている様子だ。
「ふぅ、お前を食べるわけにもいかないもんなぁ」
「こりゃ、何を言っているヒューバート! アゼイリアは我々の同士だぞ!?」
「わ、わかってるよぉ……」
 ちらりと、自分の背負っている大きめの袋を覗き見て、深い溜め息をつくヒューバート。今、背負っている団員は、彼の目から見てなんとも美味しそうに見えるのだから、無理もない。
「あ、兄さん、向こうに光が見えるよ?」
 サイラスが、目が覚めたように前方を指さす。確かに、一行の500mほど先にぽつんと明かりが灯っていた。
「よし、とりあえず、人やもしれん、行くぞ! って、あれぇ?」
 弟達を鼓舞しようとでも思ったのだろう。あらん限り大声で、叫ぶハーマン。だが、彼の言葉など聞いた様子もなく、ヒューバートとサイラスは、既に走り去っていた。 
「ま、待ってくれーー」
 自分一人取り残されたことに、遅まきながら気付いたハーマンは、二人の後を必死に追っていった。



エーベルランド記【分かつ道】第二章


 トールは、一人ある依頼を受け、ウィングスタッド地方にいた。夜も更け、月と星たちが仲良さげに地上を照らし出した頃、とりあえず火をおこすことにした。テントを張り、食料を取り出す。既に燃え上がっている火の上では、やかんが中のお湯が良い頃合になっているとばかりに湯気を噴いていた。
 やかんを取り上げ、コーヒーを淹れながら、同時にフライパンにバターを落とし、卵とアプトノスのベーコンを加えて焼く。
 しばらくすると、肉の焼ける良い匂いが鼻をくすぐり、コーヒーも良い具合に出来上がった。カップにコーヒーを注ぎ、皿に目玉焼きとベーコンを移し、いざ食べようとフォークを手に取ったところで――
「おぉ〜い!」
 突然聞こえてきた人の声に驚き、声のしたほうを眺めるトール。すると、なにかランボスのような影にまたがった人間がうっすらと見えた。
 それとなく、近くにおいてあった【デッドリボルバー】の柄に手をかける。この武器は、以前使用していた工房試作品ガンハンマーを一段階改良した武器で、威力と火力がさらなる進化を遂げたものだ。
 二つの騎影は、どうやら、その姿が確認できる程度の位置に来たらしい。月明かりに照らされ、トールの視界に入ってきたそれらの影は、仰天するものであった。
 ドスランボスとドスゲネポスに乗っていることはかろうじて理解ができる。要塞都市ゴルドバなどでも、ランボスを乗り物として使っているからだ。しかし、問題は彼らの姿であった。人間というのは確かなところだろうが、なにせ、それぞれがまたがっているモンスターとそっくりなのだ。
 変人か奇人か狂人か。トールが悩みあぐねていると、その張本人たちが目の前までやってきたのだ。
「あ、あの僕た『待ってーーー! 待て、待て待てぇ!』ちは怪しいものじゃ――」
 ただでさえ頭がおかしくなりそうなところに、今度はドスイーオスにまたがったドスイーオス風の人間がやってきた。しかも、やたらと五月蝿い。
 ドスランボスに乗っていた青年の声は、そのやかましい男の声で一瞬で掻き消えてしまった。
「ふぅ、ヒューバート、サイラス。お前らひどいじゃないか? 俺達兄弟一心同体。何があっても離れないと誓い合っただろう?」
「兄さん、できれば今は離れててほしいな」
 状況の飲み込めないトールの前で、さらにこんがらがっていく三人のやり取り。三人? いや、三人ではなく二人だ。先ほどまでドスゲネポスに騎乗していた若者の姿が見えない。
「……お、おぉ」
 なんと、今度はトールに無断で、食事をがっついているではないか。無作法すぎるこの男を叱ろうかとも思ったトールだが、あまりに必死の形相だったので、タイミングを逃してしまった。
「ヒュ、ヒューバート兄さん!? あぁ、すいません。誠に申し訳ない」
 兄の傍若無人な行いに、深々と頭を下げるサイラスと呼ばれた若者。トールも、なぜかこの3人が悪いふうには見えなかったので、とりあえずのところ、許すことにして、食事に招いた。

「なるほど……では、お前達はこの近くのウィングスタッド村に行く途中だったのか」
「はい、そのはずでしたが、そこにいるハーマン兄さんが迷子になってしまい、探しているうちに今度はイャンクックの大群に追いかけられ、見つけたときには食料が尽き、日も暮れかけていたのです」
 兄弟に言っても理解してはくれないとばかりに、愚痴をこぼすサイラス。その背中には若いながら哀愁のかげりがあった。
「お前も、苦労しているな……」
 トールは自分の仲間を思い返し、思わず微笑む。口ではぶちばかり漏らすこの若者も、本当のところは兄弟のことを誰よりも心配しているということを、巨人は理解していた。
「いや、捨てる神あれば拾う神ありとはよく言ったものだ。トール殿、改めて礼を言う」
 アプトノスのベーコンを口一杯にほおばりながら、豪快に笑うハーマンはどこか憎めない。
「捨てられたことは理解しているんだね兄さん」
 この兄は先ほどの深刻な状況をちゃんと理解しているのかもしれないと、サイラスは思った。
「うん、俺も助かったよトールさん」
 満腹になった腹をさすりながら、嬉しそうに笑うヒューバート。彼にとっては、ハンターというのは食料を得るための手段という意味も含まれている。
「いや、かまわんよ。この後は、三人とも出発するのか?」
「それなんですが……ご迷惑でな『もちろん、俺達戦士は四六時中人々のために戦うのです! それが喜びであり、楽しみであるのです。ですから、何もご恩は返せないのですが、ここはひとつ、俺の手形をプレゼントするのでそれを家宝にしてください!』のですが……」
 サイラスの言葉はまたしてもハーマンの大声によってかき消された。頭を抱え込み、どうしてことがうまく進まないのかを考える。簡単なことだ。ハーマンがいつも無鉄砲な計画ばかり立てるからである。
 優しげな瞳を持った巨人はサイラスの落ち込んだ姿を眺め、何かを思いついたのか、今にも手形を自分のデッドリボルバーに貼り付けようとしているハーマンに呼びかける。
「お前たちはハンターと聞いたが、困っている人々を助けるともいったな」
 ハーマンの耳がピクリと動き、ゆっくりとトールのほうに顔を向ける。
「もちろん、俺たちは弱きをくじき強気を助ける正義の使者だ」
「弱い人をくじかないでほしいな兄さん」
 お決まりのあいずちを入れて、サイラス自身もトールの話に耳を傾ける。
「うむ……実は、俺は今、さる依頼を受けてこの地方に滞在しているのだがな、これが一筋縄ではいかないのだ。そこでだ、お前達のような戦士が手伝ってくれれば心強いことこの上ないのだが……」
 サイラスにはトールの意図が理解できた。無為無策の兄を、一晩ここに引き止めるための口実なのだ。いくら村がそこまで離れていないとはいえ、人間にとって夜に出歩くのは得策ではない。
「うーむぅ」
 考え込むように顎に手を当てるハーマンだったが、彼の顔は頼られたことの喜びでにやついている。
「よし! いいでしょう、お手伝いしよう。なぁに、我々がいればちゃちゃっと依頼を終わらせてみせますよ」
 大声を上げて笑う兄の姿に、再び頭を抱えながらも、サイラスはトールの思いやりに感謝した。
「よし、ヒューバート、そういうことだからお前も……って、寝てるぅ!?」
 そう、ヒューバートの心は既に現実の中にはなく、夢へといざなわれていた。その寝顔はなんとも幸せそうであった。
「だいぶ疲れていたようだな……」
 そう言って、トールがヒューバートの寝姿を眺めていると、寝ている若者の背負っている袋がもぞもぞと動いた。
「む……?」
 不審に思い、そっと袋の口を開こうと手を伸ばすトール。
「あ、それは!」
 サイラスが止めようとしたが遅かった。
 袋の口が勢いよく開き、中からは――
「ブキィ!」
「ぬぉぉ……!」
 驚くトールをよそに、袋の中から飛び出してきたのは、小さなモスであった。


















By Mind of Hunting