エーベルランド記【統率者】
ビヨンド様作
エーベルランド記【統率者】1章
エーベルランド記【統率者】2章
エーベルランド記【統率者】3章
エーベルランド記【統率者】4章
エーベルランド記【統率者】5章
エーベルランド記【統率者】6章
エーベルランド記【統率者】7章
エーベルランド記【統率者】8章
エーベルランド記【統率者】9章
エーベルランド記【統率者】10章
エーベルランド記【統率者】11章
エーベルランド記【統率者】12章
エーベルランド記【統率者】13章
エーベルランド記【統率者】14章
エーベルランド記【統率者】15章
エーベルランド記【統率者】16章
エーベルランド記【統率者】17章
エーベルランド記【統率者】1章
―世界を学びなさい
跳び方を知らないなら教えてあげましょう
泳ぎ方を知らないなら教えてあげましょう
歩み方を知らないなら教えてあげましょう
私の知り得る限りを
貴方が知らないのなら教えてあげましょう
知らないということは恥ではありません
知ろうとしないことが恥なのです
おやすみなさい…私達の光よ―
エーベルランドの子守唄
作者【ロザリア=アース】
【城塞都市ゴルドバ】エーベルランドでも五本の指に入る大都市である。主に軍事的な性格が強く、[ゴルドバの兵を相手にするには三人がかり一人助かれば良いほうだ]などと言われように、武力に関しては抜きんでている。それは、この都市のお抱えハンター達にも言えることである。強気を求め、己を磨く…常に死や危険と慣れ親しんでいるような命知らずばかりである…。
「で、今回この城塞都市に何のようなんだよトール!?」
城塞都市の軍備と人の多さに目を奪われながらも、赤眼赤髪の青年が口を開く。
「…ちょっと用事があってな……お前は、ここの【シルフェア】っていう酒場で待っててくれ……」
青年の傍らにいた巨人が、何か探し物をするように辺りを見回しながら話す。
「…ったく、わかったよ!」
巨人の言葉に少しふてくされながらも、人ごみに嫌気が差したのか青年が酒場の扉を開け、中へと入っていく。それを見送った後、巨人が目的のものを見つけたのか少し歩調を速め、人ごみの中へと消えていった。
エーベルランド記【統率者】2章
肉や野菜の焼ける香ばしい匂い、スープを煮込む香り、さまざまにフルーツの芳香…酒を片手に談笑する人や、待ち合わせをする人々…それぞれが楽しそうにしている。ゴルドバの東地区にある酒場【シルフィア】は、そんな客で賑わっていた。
「いらっしゃいませ」
店に入ってきた若いハンターにウェイトレスが挨拶をする。
「何名様でいらっしゃいますか?」
「後から一人来ると思うんで、二人分の席を…」
「かしこまりました」
そう言ってウェイトレスが若者を空席まで案内し、メニューを渡す
「お決まりになりましたら、お呼びください」
軽く会釈をし、ウェイトレスは仕事をしに別の席へと行ってしまった。
「…なににするかな」
若者がメニューに目を通していると
「ヴァルカン!ヴァルカンじゃないか!?」
どこかで聞いたことのあるような声に、ヴァルカンと呼ばれた若者が声の主を探そうと店内を見渡す。すると、見覚えのある二人が店の入り口からこちらに向って手を振っていた。
「クック討伐以来だな!」
癖っ毛の強い髪のハンターと長い黒髪のハンターが、そう言いながらヴァルカンの方へ歩いてくる。
「ガット!JB!」
ヴァルカンも思わず顔がほころんだ。先日、【エルムドア】というチームと組んでイャンクックを討伐した時、ヴァルカンはこの二人と行動を共にしたのだ。
「フェイトンさんは元気か?」
ヴァルカンの向かいに座ったガットが、自分の尊敬するハンターのことを尋ねる。この前の討伐で、フェイトンは討伐の後の祝杯に姿を現さなかったのだ。
「あぁ、元気だよ…最近自分の奥さんの自慢ばかりしてるよ…」
最近のフェイトンを思い出して少し呆れたような顔をしながらヴァルカンが苦笑いをする。
「奥さん?あの人、結婚していたのか?」
JBも少し驚いて興味あり気に顔を上げる。
「あぁ、ロザリアさんって言ってな…紹介してもらったけど、ものすごい美人で優しい人だったんだぞ!?しかも、ロザリアさんの前でのフェイトンのにやけた面!本気で張り飛ばしたくなったよ!!」
『ははははは!』
あまりにも安易に想像できるフェイトンの姿に二人が爆笑する。だがヴァルカンはちょっと苦い顔をして
「…ロザリアさんはいいけど……それを自慢するフェイトンははっきり言って邪魔だぞ…」
「はは…すまんすまん、そうかフェイトンさん元気なのか…良かった良かった」
笑い終えたガットが一呼吸おいて水を飲む。その時…
「いらっしゃいませ、お一人様で?」
「……いや、連れが先に来ているはずだ…」
見覚えのある巨大な人影が、ヴァルカンたちの方へ近づいてきた。
エーベルランド記【統率者】3章
「…ナナリー、人数が増えた……もう少し大きい席あるか…?」
巨人がウェイトレスにそう言うと、ナナリーと呼ばれたウェイトレスはにっこりと笑って、トール達を別の席に案内した。
「久しぶりですね、トールさん!ご注文は?」
「……ガレッシオ特製ビールにラオール羊の香草焼きと…モスベーコンの山菜サラダ…ブルファンゴのテイルスープに、ファンゴステーキ…季節の野菜サラダ大盛ガレッシオ特製ドリンクで…最後にラバダメロンを…」
見た目を裏切らず凄まじい量の料理を注文したトール。だが、その無茶苦茶な量の注文を顔色一つ変えずにナナリーはさらりと了解したのだった。ナナリーが注文を伝えにパタパタと行ってしまうと、トールが呆然としているヴァルカン達の方に向き直る。
「…どうかしたのか?」
「いや、トールがこの店のお得意様だったてことにちょっと…」
食事の量より、トールの顔の広さに驚くヴァルカン…今まで彼がトールと共に町や村のほとんどすべてに彼の知り合いがいたのだ…
「…あぁ、昔よく来ていたからな……それより久しぶりだな…JB、ガット…」
『は…はい!』
いきなり声をかけられてびっくりしたのだろう、二人が声を少し上ずらせて返事をする。先日、依頼の後の祝宴会で少し話はしたが、この無口な男が自分達の名前をちゃんと覚えていてくれたことに多少ながら感嘆したのだ。
「…さて、まぁ…ヴァルカンに話があったんだが…二人が来てるとは知らなかったな……。む…言い方が悪かったな…別にどこへ行ってほしいわけじゃない…」
少し気まずそうにする二人の気持ちを察したのか、トールが、訳を説明しだす。
エーベルランド記【統率者】4章
「……うん…大した事じゃないが…新入りを紹介する…」
「な、なんだって!?」
あまりにも唐突なトールの言葉にヴァルカンが仰天して席を立つ。それとは対照的に、ガット、JBは「良かったじゃないか」とでもいう風に微笑む。
「で…で、どんな奴なんだよお!?」
混乱するヴァルカン、そのヴァルカンを尻目にテーブルに料理が運ばれる。
「はい!ガレッシオ特製ビールにラオール羊の香草焼きとモスベーコンの山菜サラダとブルファンゴのテイルスープに、ファンゴステーキ…季節の野菜サラダ大盛ガレッシオ特製ドリンクお待ちどう様ぁ〜」
凄まじい量の料理を顔色一つ変えずに器用にバランスをとって持ってくるナナリー、あっという間にテーブル上は料理で一杯になった。
「…あぁ、まずは食べようか……三人とも…喰え…」
そう言うと、トールはテーブル上の食べ物を手に取り食べだした。ガットもJBも「ありがとうございます」と、トールに礼を言い、めいめいの食べたい料理をほおばる。
「この香草焼きおいしいですね!」
「このドレッシングどうやって作ってるんだ?」
「…うむ、ここの飯は下手なレストランより美味いぞ……バッカスにも紹介してやれ…」
未だ話しについていけないヴァルカン…だが、何か釈然としないものの、とりあえず席について食べることにした。
「で、新しいハンターっていうのは…男の子ですか?女の子ですか?」
「女の子だったと思うな…たしか二十歳前の……【ドームタウン】出身だって言ってたな…」
JBの質問に答えたトールの言葉にヴァルカンが手を止める。
「【ドームタウン】だって!?」
「ん?あぁ…なにか…あるのか?」
「い…いや…いやなんでもにゃい(まさかな…まさかな…それはないよ)」
大声を上げ、いきなり挙動不審になるヴァルカンを不思議に思いながらも、三人は食事の手を泊めようとはしなかった。その時…
「いらっしゃいませ、お一人様ですか?」
ナナリーが新しく来た客に挨拶をする。女のハンターだ。
「いえ、トールさんという方が先に来ているはずです」
「あ、トールさんのお知り合いですか?トールさんはあちらにいらっしゃいますよ」
「ありがとう」
ナナリーに礼を言った後、女がトール達の方へ歩いてくる。それを見てヴァルカンがぎょっとしたように目をむき、低くうめく…
「ミ…ミナ……」
「…ヴァル?」
トール、ガット、JBの視線が二人に注がれる…
エーベルランド記【統率者】5章
“バキィィィ!!”“ドゴォ!!”
凄まじい音と共にヴァルカンの体が店の外へと吹き飛ぶ。
「ま…待て!お願いだから話を!!…うわぁ!」
凄まじい蹴りがヴァルカンの頭上すれすれをかすめる。かわさなければ意識を刈り取られているかのような蹴りだ。ヴァルカンは必死に相手をなだめようとするが、相手の女ハンターは聞く耳を持たないといった感じで、なおも攻撃の姿勢を解こうとはしない。
「だ…だから…話を!!」
体勢を立て直そうともがくヴァルカン…だが、女ハンターはさらに猛攻を仕掛ける。
凄まじい蹴りの連続攻撃を必死の形相で受け流そうとするヴァルカン。
“ドゴォォ!”
受けそこなった蹴りの一つが、わき腹を直撃する。3mほど後方に吹き飛ばされ、うめいているヴァルカンに女ハンターが近づいていく。
「あ・ん・た、ハンターになってるなんてどういうことよ!?」
“バゴ!”
女ハンターがそういったかと思うと、ヴァルカンの顎に音速のような速さのアッパーが入る…
「ガ…ガハ…た…頼む!ミナ…話を聞いてくれ!!」
「…いいわ…未練が無いように遺言だけは聞いてあげる…3秒以内に言いなさい!!」
「さ…3秒!?それは無…」
「3…2…」
「うわぁぁぁ!!!頼む!やめてぇぇぇぇぇ!!!!!」
「…1!!死にさらしなさい!大馬鹿者ぉぉ!!」
“ズドォ!”“グシャァ!”
リオレウスの尾のような凄まじい回転蹴りをみぞおちに直撃され、ヴァルカンが今度は10mほど吹き飛んで壁に激突する。
“ボトリ…”
地面に落ちてきた若者の身体は痙攣し、意識は既にここではないどこかへ飛んでいってしまった。それと同時に周りから拍手が巻き起こる。彼女のあまりにも素晴らしい体術に、素直に感動したのだろう…
「すげぇぞ!姉ちゃん!!」
「かっこいいわ!」
「あんなにぼこぼこにするなんて、よっぽど怨みでもあるんだな」
野次馬がざわざわと騒ぎ立てる。そこへ、トールが現われ、変わり果てた若者の姿を見てヴァルカンに質問する。
「…知り合いだったのか?」
「…ちょっとした…ね…」
それだけ言うと若者はガクっと首を落とし、意識を失った。
「…う……」
ヴァルカンが目を覚ますと、そこは宿屋だった…。彼はなぜ自分がこんなところにいるのか思い出そうとした…その瞬間…頭の中に悪夢のような光景が蘇ってきた…
エーベルランド記【統率者】6章
「情けない姿だな…」
一瞬ビクっとするヴァルカン。だが、部屋に入ってきた人物は彼の想像していた人物ではなく、長い白髪に青い眼をした男だった。
「イーニアス…」
ばつ悪そうに顔をうつむけるヴァルカン。そんなことは気にする様子も無くイーニアスがさらに口を開く。
「まぁ、お前みたいなハンターでもここまでやるような女なら、即戦力にはなるだろう…俺たちとしては嬉しい限りだよ」
「…うぅ…ぐ…」
反論できないでいるヴァルカンに興味をなくしたのか、部屋から出て行くイーニアス。その彼と入れ違いに二人のハンターが部屋に入ってきた。
「!!!…ミナ…」
先ほど身体に受けた傷が痛む…
「ガットとJBには適当に食べててもらった……すまんな、お前さんの知り合いだったとは…」
「いえ、トールさんが誤ることはありません…私の言いつけを守らないでハンターになったこいつが悪いんです!」
ぴしゃりとそう言うと、ミナがきっとヴァルカンのほうを見る。
「というわけで、ヴァル…貴方はもうハンターを止めなさい!」
ミナの一言に部屋が凍りついたような空気になる。だが、その沈黙を破ったのは、部屋の外から聞こえてきた声だった。
「…へぇ、自分の意見がこの世の真理みたいな言い方するんだな?」
いつの間にか入り口に立っていたイーニアスが、先程とは打って変わってミナに敵意の視線を向けている。
「さっきまではあんたのことを、そいつをぶっ飛ばしてくれた面白いハンターだと思っていたけど……何様のつもりだよ…あんた?」
「何も知らないあんたにそんあこと言われる筋合いなんてモスの尻尾ほども無いよ」
イーニアスの言葉にミナが反論する。室内はさらに重い空気に包まれていく…
「……あぁ、まあ…なにがあったかは一応聞いている…だけど……ヴァルカンにハンターを止めろというのはちょっと違うんじゃないか?」
険悪な空気の中、トールがいつもと変わらない調子で喋る。
「…まぁ、ヴァルカンも大丈夫そうだし……俺に考えがあるんだが…」
黙りこくっているヴァルカンのほうをチラッと見ながらトールがさらに説明する。
「……今から…ヴァルカン、ミナの二人である依頼を受けてほしい…」
『え!?』
ヴァルカンとミナが同時に驚く。
「…ヴァルカンはミナに成長したところが見せられるし…ミナの方はヴァルカンの成長した姿を見ることができる……どうだろう?」
「…でも…」
「わかった!やるよ!」
渋るミナとは対照的に、ヴァルカンが勢いよく返事をする。
「で、どんな依頼なんだ!?」
その質問にトールは静かに答えた…
「…バサルモス討伐だ…」
三十分後、ヴァルカンとミナは準備をして出かけて行った。ミナの方はやはり乗り気ではないようだったが、これでヴァルカンにハンターを諦めさせようと考えているようでもあった。
「…お前がミナの考えに不満を抱くのは分かるが……」
二人きりになった部屋で、トールが不意に呟く…
「……お前だって…いつかは受け入れなければならないんだぞ…自分の王としての役目を…」
「………」
沈黙を続けるイーニアス…彼には受け入れなければならない運命がある……だが、彼はそれを押し付けと感じ、それに抗うためにハンターになった…。しかし、心のどこかでは理解しているのだ。自分の身体に流れる王族の血が、自分の運命を決めることを……
「俺も…見てきます……」
それだけ言うと、イーニアスは部屋を後にした…。ハンターを止めろと強要されているヴァルカンを見て自分と重ね合わせたのかもしれない…そして、イーニアスはヴァルカンがどれだけそれに抗うかで、自分を見極めたいのかもしれない…。
誰も居なくなり、独りきりになった部屋でトールが呟く。
「…お前達の息子は色々と考えているんだな…ウォーレス、ゴドウィン…」
巨人の眼にふと悲しみが映ったような気がした…。
エーベルランド記【統率者】7章
鼻を刺すようなガスの臭い、殺伐とした岩ばかりの光景…遠くにそびえる巨大な火山。熱気をはらんだ空気がまとわりつく【デレイオ火山地帯】。ここは、鉱石が採取できるとして、ハンターや発掘かも時々訪れる。だが、世の中甘い話だけではない。火山の周りでは、強い衝撃を与えると爆発する岩や、【イーオス】、【ブルファンゴ】、さらには【ランゴスタ】などの害虫もいる。もう一つ、火山地帯に伝わるモンスターで岩のような強固さと巨大な体を持つといわれる竜がいる。
「さて、バサルモスはこの先の岩場に現われるというわ。準備は良い?ヴァル?」
ベースキャンプで自分の荷物の最終点検を済ませたミナが、横にいるヴァルカンに尋ねる。
「あぁ、いつでもいける!」
元気よく答えたヴァルカンに対し、ふと溜め息をつくミナ…彼女の意思としては本当はこのようにヴァルカンを戦場へと連れて行きたくは無かったのだ。だが、彼女はこれでヴァルカンをハンターから引き離すつもりだった…。
「ミナ!行くぞ!!」
意気揚々と歩き出すヴァルカン、その後を黙ってミナがついて行く。
しばらく歩くと、二人は依頼のバサルモスが目撃された場所に着いた。だが、バサルモスの姿は見えず、代わりに見えるのはランゴスタと…
≪グェェ!≫
二人の両側から奇声と共に、赤い影…【イーオス】が躍りかかってきた!
“ザス!”
襲ってきたイーオスを避けようともせず、背中の大剣を一瞬で振り下ろし一刀両断するヴァルカン!断末魔の声すら上げることなく一匹目のイーオスが二つになって地面に堕ちる。
「…へぇ……」
若者の剣技に多少なりとも感心した女ハンターの顔面にイーオスの狂爪が迫る!
“ガキン!”“ズッ!”
だがミナを襲ったイーオスは彼女の身体を傷をつけることなくその命を絶たれた。
槍の先で、イーオスの爪を払い、体勢の崩れたところに心臓を一突き…無駄の無い華麗な動作を一瞬のうちに行われたのだ…無理も無い…。
「ふぅ…」
血のついた槍を払うミナ。【スパイクスピア】竜骨と鉱石から成るこの槍は、細身ながらもなかなかの強度を誇り、扱いやすさもも手ごろな槍だ。
「バサルモスなんていないじゃねぇか…」
そう愚痴をたれるヴァルカンの頭に巨大なたてが振り下ろされる!
“ガィン!”
「いてぇ!」
「ハンターのくせにそんなことも習ってないの?バサルモスっていうのは、いわば赤ん坊のようなもので、身を守るために岩などに擬態するの!たとえばこんな風な岩に!」
近くにあった岩を蹴りながらミナが説明する。
“ゴゴ…”
「ちょっと、聞いてるのヴァル?」
「いや…」
「聞いてなかったの!?あんた、ホント変わらないわね!」
“ゴゴゴ…”
「いや、ちがう…」
「何が違うの!?」
“ゴゴゴゴゴゴ…”
「後ろだ!!」
ヴァルカンの声に、はっと後ろを向いたミナ!そこに見たものは先程自分が、蹴っていた岩が今まさに動き出そうとしている光景だった!!
「しま…」
“バゴォォォン!!”
轟音と共に地面の中から姿を現す【バサルモス】…この竜は、【グラビモス】と呼ばれる竜の幼体なのだが、それでも人の3,4倍はあるかという巨体に凄まじい力。まさに竜と呼ぶに相応しい生き物なのだ。
「く……」
間一髪で緊急回避をしたものの、勢いよく吹き飛ばされたミナがうめく…。
「ミナ!」
駆け寄ろうとしたヴァルカンの前に巨大な影が立ちふさがる!顔を上げてみると、眠りを妨げられたバサルモスが、瞳に敵意の炎をたぎらせながらヴァルカン達を見つめている。
“グォォォォ!!”
重低音の雄叫びが辺りに響き渡る!!剣を構え、ヴァルカンが間合いを詰める!
「おらぁぁぁ!」
気合と共に一気に懐に飛び込み、大剣【センチネル】が風のような速さでバサルモスを襲った!!
エーベルランド記【統率者】8章
“ガギィィィン!!”
ヴァルカンの大剣がバサルモスの硬い岩肌に弾かれる!!
「糞野郎がぁ!!!」
予想以上に硬い岩肌の衝撃に手が痺れる…。
“ブゥゥン!”“バギィ!!”
まだ体勢の整っていないヴァルカンの胴体にバサルモスの巨体が勢いよく回転し、その遠心力によって凶器と化した尾が見事に決まったのだ!
“ドガ!”
ヴァルカンの身体が紙くずのように吹き飛ぶ。だが…
「ふぅ!」
勢いよく飛ばされたように見えたヴァルカンが一呼吸して何事も無かったかのように立った。この若者はバサルモスの尾が当たる刹那、わずかに後方に飛ぶと共に全身の力を一瞬にして抜くことによって、自分に与えられたダメージを最小限に抑えたのだ。
「あぁ、やっぱ見た目通り硬ぇな…」
ゴキゴキと首を鳴らしながら大剣を握りなおす。
“バオォォォ!”
ヴァルカンの不遜な態度に神経を逆撫でされたのか、バサルモスが敵目掛け凄まじい勢いで突進してくる!
「へへ…甘いな…」
にやりと笑って近くにあった巨大な岩の物陰に隠れるヴァルカン。その間にもバサルモスの巨体が迫ってくる!
“ドグオォン!”
あたり一面に木霊する爆発音…だが、爆炎の中で苦しんでいるのは攻勢に出ていたはずのグラビモスだった!
「この辺は岩の中に爆発物が含まれた岩が多いって、イーニアスが注意してくれたんでな…役に立ったみたいだな…」
いつもは犬猿の仲に見えるイーニアスの助言を素直に聞いて自分のものにしているヴァルカン。彼らの間には何か奇妙な信頼関係が存在するのだろう。
“ガギン!”“ガギィン!”
鈍い金属音が二連続で響く!爆弾岩と呼ばれる爆発性の岩に当たって苦しんでいたバサルモスの顎に大剣の強固な刃が弾かれる音だった。
「ぐぅ…やっぱり、無理か!」
急いでバックステップして間合いをとりながらヴァルカンが悔しそうに歯噛みする。
「胸を狙え!」
見ると、体勢を立て直したミナがこちらに向って走ってくるところだった!
“バオォ!”
巨大な槍を背負っているにもかかわらず、常人より遥かに速いスピードで迫るミナにバサルモスが身体をを回転させ、カウンターをあわせようと尾を勢いよく振った!!
“ビュン!”
しかし、岩竜の尾はミナに当たることは無かった。回転する尾のさらに下を通り抜け、真正面に出たミナが槍を構える!
「お返しよ!」
“ガッ”“ガッ!”“ガッ!!”
素早い連続突きをバサルモスの胸にお見舞いし、すぐさま横に転がって距離をとるミナ。
“グゥオォ!!”
本能的に危険だと感じたのか、バサルモス自身も間合いを取るため、突進を繰り出す!だが二人とも難なくそれを避け、すぐさま向き直る!
「……ヴァル…まだ認めたわけじゃないからね…」
突撃する構えを取りながらミナが呟く…
「なんだって!?」
間の抜けた返事にミナの肩がガクッと下がる…
「…なんでもない…いくよ!」
振り向こうとしている岩竜目掛け、槍を勢いよく突き出しながらミナが突撃していった!
「おう!」
それを追うようにヴァルカンも走り出す!その赤い眼はバサルモスをしっかりと見据えていた!!
エーベルランド記【統率者】9章
バサルモスの胸部に、ミナの槍が突き刺さる。さすがに、強固な岩に覆われた身体には、さほど手ごたえはないが、それでも、バサルモスはけだるそうに身体を震わした。
攻撃する標的を、ミナにさだめ、勢いよく尾を振り回そうとする。だが、その瞬間、岩竜の尾に強烈な痛みが走った。
真正面から突進していったミナに、バサルモスの注意を引かせ、ヴァルカンは岩陰に隠れながら、バサルモスの背後ろへと迂回していたのだ。
「うっしゃ、ざまぁ、みろ!」
宙にまう岩竜の尻尾を見ながら、ヴァルカンがさらに大剣を振り下ろそうと、力を入れる。しかし、バサルモスも、そう甘くはなかった。自分の尾を切り取った若者に向かって、方向を転換せず、そのままの体勢で横向きに体当たりを繰り出したのだ。
不意を突かれたヴァルカンは、思わず防御姿勢をとろうとするが、間に合わない。
“ガン”という、鈍い音と共に、空中に赤髪がまう。なんとか受身をとろうと身をよじり、地面に多少不恰好ながら着地するヴァルカン。すぐさま、自分の標的の方を見ると、ミナがさらに、執拗なまでにバサルモスの胸を、突いている。
「ミナ、危ない!離れた方がいい」
「大丈夫、もう少しでこいつの弱点が現われるの」
一心不乱に岩竜を攻撃しながら、ミナが叫ぶ。その時、ヴァルカンは見た。バサルモスの体が、一瞬、一回り大きくなったかと思うと、大きくのけぞったのだ。
本能的に危険だと感じたヴァルカンは、急いで立ち上がり、大剣の平でミナを吹き飛ばしたのだ。
「ぐあぁ、なにをすんの、ヴァル!?」
いきなりの出来事に、眼をむきながら怒るミナが見たのは、先程まで自分の居た場所に、濃い紫色の霧がかかっている光景だった。
バサルモスの体から発せられた毒霧は、岩竜の周囲を包み込み、その範囲内にある生命を毒の餌食にしていたのだ。
「そんな…」
半ば呆然とするミナ。そこに、目の前の毒煙が割れ、ヴァルカンが飛び出してきた。息は止めていたらしいが、皮膚から直接毒が浸透したらしく、顔が青紫色に変色している。
「ミナ、解毒薬を持ってないか!?」
「あ、待って…これよ!」
ミナがヴァルカンの声に、われを取り戻し、袋の中から解毒薬を取り出し、若者に向かって投げる。
投げられた解毒薬を掴み取り、急いで岩陰に隠れて飲み干す。その間、彼の横を、槍を構えたミナが、疾風のごとく走り去る。目標は、毒を放出し終えたバサルモスだ。
鈍い音と共に、ミナの槍先から岩竜の岩で出来た皮膚が崩れ落ちる。激痛にのたうちまわるバサルモス。
「ヴァルカン、今よ!」
幼馴染の声と共に、赤髪の若者が、勢いよく岩から躍り出る。そのまま、岩竜に向かって、ありったけの筋力を使って、走ってゆく。
「うおぉぉぉ!」
凄まじい咆哮を上げ、大剣を水平に構えたヴァルカンが、バサルモスのむき出しのコアに大剣を突き立てる。刃物が肉をえぐる確かな手応え。今までとは違う感覚に、若者が勝利を確信する。しかし、最後の力を振り絞り、元竜が口を大きく開ける。
喉の奥から溢れ出るような熱気をはらみ、ヴァルカンに照準を合わせる。だが、バサルモスの最後のあがきは、未発に終わった。
深々と喉に刺さった槍をくわえたまま、断末魔の声を上げる間も無くバサルモスが、地に巨体を沈める。岩竜はそのまま動くことはなかった。永遠に。
「はあ、はあ、やったのか?」
「えぇ、かなり危なかったけど、とりあえずは、あたし達の勝ちってことでいいみたいね…」
思わず地面にへたり込む二人。互いに顔を見合わせ、ぎこちなく笑いあう。
「強くなったね、ヴァル…。」
「へへ、やっとミナが褒めてくれたな」
幼馴染の言葉を素直に受け取り、ヴァルカンが顔に笑みを広げる。
「帰ろうか、依頼も終わったみたいだしな」
会話に詰まったのか、とりあえず帰路につくという提案を持ちかけ、ヴァルカンが立ち上がった、その時。
≪グオォォ!≫
大地を揺るがす咆哮。先程、二人が対峙していた岩竜よりも、さらに巨大な影が、二人の後ろから現われる。男女に戦慄が走る。
バサルモス生態…、グラビモスだった。
エーベルランド記【統率者】10章
先程の戦いで、疲労が溜まった身体を奮い起こす。足に力が入らないのを自覚しながらも、剣と槍をそれぞれ支えにし、なんとか立ち上がった。目の前には巨竜グラビモスが、黒い眼球の中に、同属を殺されたという怒りからくる敵意の炎を燃えたぎらせていた。
「はあ、最悪だな。よほど運が無いんだな、俺達って。結婚した最初の日に嫁に逃げられた気分だよ。どうする?」
ここにはいない天才ガンナー、フェイトンのような軽口を叩きながら、横にいる幼馴染の顔をうかがう。だが、彼の横で立っているはずの幼馴染は、すでに地に伏している。疲労の極致というだけではない、バサルモスとの戦いで、既に無数の傷を負っていたのだ。
「ミナ!まさか…お前、こんなになるまで」
「ごめん、あんたの代わりに、あたしががんばらなきゃって思ったんだけど、かなりドジッちゃったみたい。ごめん。」
息も絶え絶えになりながらも、必死に言葉をつむぐミナ。しかし、だからといって、目の前の敵が待ってくれるわけではない。満身創痍の二人に向かって、岩竜が全力疾走してくる。
「ミナァ!逃げろ!」
「………」
「く、駄目か」
既に意識を保っていることすら困難なミナ。そのミナを急いで背中に担ぎ、必死で逃げるヴァルカン。敵はすぐそこまで迫っている。もう駄目だ。そう思った瞬間、二人の後方から聞き覚えのある声がした。
「はい、そこまで」
その声とほぼ同時に、突進してくる岩竜の前で、小樽爆弾が数個、宙に舞う。ドドンという爆発音。それに続いて、崖の上からボウガンを連射しながら、滑り落ちてくる人影。
「ははは、英雄ってのは、常に自分が登場すべきオイシイ場面を、ハイエナのように探している人種なんだよ。それより、お前ら、グラビモス倒した後にお兄さんが出てくるなんて、結婚した次の日に嫁に逃げられた甲斐性無しの夫みたいだな!?」
崖を滑り落ちてくる時、勢いがつきすぎたのだろう。英雄は足を滑らせ、頭から地面に挨拶をし、「ぐえ」という、情けない声と共に、ヴァルカンたちのほうに転がってきた。
「…お前と、思考回路が同じだなんて、考えたくねぇな」
奇妙な姿で地面に寝転がっている英雄に向かって、安堵の表情を浮かべながら、赤髪の若者がつぶやく。
「へへ、俺の愛するハニーの女の勘てやつだ」
実は、フェイトンと彼のハニーは、二日ほど前から、この近くの村に滞在しており、その際に、村人から行方不明の村人の捜索を頼まれていたのだ。そして、多少渋るフェイトンの背中を押しをしたのが、彼の愛するハニーであり、妻であるロザリアだったのだ。
「なんだよ、偶然だろ?」
「まあ、偶然でも何でも助かったんだ。よかったな」
たしかにな。と心の中でつぶやきながら、背中で意識を失っている幼馴染を、安全な場所に下ろし、フェイトンから渡された強走薬と、自分の持っていた応急薬をを飲みほし、体力を回復させる。
「よし、ボウヤ。俺にしっかりついてこいよ」
「あれ、先に行ってくれるの?そいつはありがたいな」
心強い味方を得たことにより、ヴァルカンの闘争心が、再び燃え上がる。虚をつかれて、多少動揺していたグラビモスも、既に気をとり直し、新たに現われた人間に、敵愾心に燃える瞳を向ける。
だが、それにひるむフェイトンではなかった。この豪胆な若者は、けろりとしてグラビモスを睨み返す。
「なめんなよ」
怒りに任せ、突進してくるグラビモス。それとほぼ同時に、怒り狂う岩竜に向かって駆け出す二人のハンター。お互いの命を奪おうとする、人と、人ならざるものとの戦いが始まった。
エーベルランド記【統率者】11章
遠くの方で、春雷のごとき轟音で、火山が唸る。だが、今現在、火山などよりも、さらに危険なモノと対峙している二人にとっては、どうでもいいことであった。
地を揺るがすグラビモスの突進。それをギリギリまでひきつけ、交差する瞬間、
グラビモスの顔面を大剣で斬りつける。ガキンという鈍い音と共に、顔面の岩が、パラパラと崩れる。
勢いよく前方に転がっていき、すぐさま敵に向き直るヴァルカン。岩竜は身体を、ぶるっと勢いよく震わせ、再び反撃の体勢をとった。だが、その瞬間、岩竜は得体の知れない違和感を感じ取った。すぐさま、違和感の根源を探すグラビモス。
「ドン」という爆発音。なんと、グラビモスの腹の真下で、地面が爆ぜたのだ。否、正確には、地面に仕掛けてあった【物】が、爆ぜたのだ。
何が起こったかわからず、思わずたじろぐグラビモス。しかし、この戦術の魔術師の罠はこれだけではなかった。うろたえたグラビモスが、足を動かした瞬間、何か縄のようなものが足に引っかかった。それとほぼ同時に、縄に連動してあった大ダル爆弾が、バサルモスの頭上に落ちてきたのだ。
「自然の悪意も怖いが、人間の悪意とやらも、存外捨てたもんじゃないだろう?」
悪戯な笑みをたたえたハンターが、その光景を見ながら軽口を叩く。
「あいつが、あそこに来るって知ってたのか?」
「いんや、たまたま。ちょうどあそこに仕掛けてたんだが、いい具合にはまってくれた」
フェイトンの戦法に、崇拝に近い念を覚えかけていたヴァルカンは、やはり、フェイトンはフェイトンだと思い直した。
「だけど覚えときなよ。俺みたいな非力な人間は、頭使って戦わなきゃいけないんだ。お前にもいつかそんな日が来るかもしれんだろう?」
たしかに、と心の中でつぶやき、ヴァルカンは改めて、感心した。
ハンターの奇怪な罠にはまり、数瞬の間たじろいでいたグラビモスが、強靭な精神力を取り戻したのは、その時だった。怒りの炎をちらつかせながらも、その顔には冷静さを取り戻した感があった。辺りを見回し、あることに気付いた。敵であるハンター二人が、明らかにある一点を避けている。そして、その岩陰から見える防具。それは、先程意識を失ったミナの防具だった。
したたかな復讐の方法を思いついたのだろう。いきなり、今まで戦っていた二人を無視し、巨体を揺らしながら、岩竜が疾駆する。
「しまった!」
岩竜が突進してゆく方向。それは、ヴァルカンがミナを隠した場所だった。
「やめろぉぉ!!」
捨て身でグラビモスに突っ込んでいくヴァルカン。しかし、運命の神は無情にも、一人のハンターの願いを聴きいれることはなかった。岩竜の巨躯に弾かれるヴァルカン。宙を舞いながら、彼は視界の隅に、グラビモスがミナへと体当たりする光景を捉えた……。
「ミナァァァ!」
吼えるヴァルカンの横から、ひょこっとフェイトンが現われた。
「フェイトン、ミナが、ミナが……」
「お嬢さん?彼女ならあそこだよ」
うろたえるヴァルカンの顔を、先程までとは別の方向に向ける。すると、そこには、崖の上で、防具を脱がされたミナの姿があった。
「ミナ?なんで?」
「フェイトン流変わり身の術。美しく決まってしまった」
見ると、グラビモスが、のた打ち回っている。グラビモスが、ハンターを潰そうと思い、勢いよく突進して言った場所には、最高威力の大ダル爆弾が設置されていたのだ。
実は、フェイトンのこれらの罠は、彼がグラビモスと戦っている最中、地形、相手の動向を一瞬で判断し、仕掛けていたのだ。ミナの防具をおとりにした仕掛けも、罠にかかったグラビモスが逆上して、一番弱い仲間を狙うかもしれない。という、最悪の事態を想定したのも、彼の天才的な頭脳があってこそだったのだ。
「フェイトン、やっぱり、お前すご……」
フェイトンのこの素晴らしい魔術を褒めようとしたヴァルカンの口が止まった。「ひとつ聞いていいか?」
「ん?」
ヴァルカンの顔に、グラビモスとの戦いとは別の不安と焦燥の色が見えた。
「ミナの、防具が脱がされているって事は……」
「……」
ヴァルカンの問いに、押し黙るフェイトン。だが、彼の伸びきった鼻の下は、事実を何よりも雄弁に語っていた。
次の瞬間、フェイトンのむなぐらを、ヴァルカンの怒りに燃える拳がつかみかかる。
「てめぇ、ミナはまだ嫁入り前だぞ!」
「いや、彼女、以外に着やせするタイプなんだな」
「そんなこと聞いてじゃねぇ!」
「や、わかった。責任とって結婚する」
「既婚済みだろうが、てめぇは!」
「じゃあ、彼女は愛人どまりだな……」
「ぬかしてんじゃねぇ!ロザリアさんに言いつけんぞ!」
「や、それはまずい。てか、せこいなお前、せこいよ!俺のように、心を広く持てよ。ほら、人類のエロス(愛)の扉が、今、開……」
「かれるかぁぁぁ!」
今度は、フェイトンの身体が宙に舞った。ただし、敵の手によってではなく、見方の手によって。
「ち、まあ、一応礼は言っとくよ。あ・り・が・と・う!!」
言い放つと同時に、ヴァルカンは走り出していた。が、彼の目の前では、既にグラビモス、身体を膨らませる。動物的な感で、ヴァルカンが横に飛ぶ。コンマ数秒の差で、彼は自分の命を救った。全てを焼き尽くす灼熱の閃光。数瞬前までヴァルカンのいた場所に、その閃光が走っていたのだ。
受身をとり、再び猛進するヴァルカン。切り札を撃ち終えたグラビモスは、まさに隙だらけだった。
「ガガガ!」と、ヴァルカンの剣技が炸裂する。荒削りで、粗野ではあるが、威力は十分すぎるほどある。凄まじい斬撃に、グラビモスの硬い皮膚が削れていく。
≪グオウォ!≫
悲痛な叫び声をあげ、グラビモスの身体が大きく反る。ヴァルカンが異変に気付き、逃げようとするが、遅かった。肌がちりちりと、焦げだす。そして、灼熱の熱気をはらんだ高熱ガスが、ヴァルカンを襲った。
「ジュウ」という皮膚の焼ける臭い。そして、ガスの勢いに吹き飛ばされる若者。地面を転がりながら、グラビモスの弱点であるコアがむき出しになっているのを、ヴァルカンは見た。だが、すんでのところで、彼はチャンスを失った。
「ぐ、ちくしょう!」
悔しさに歯噛みするヴァルカン。彼の足は、脳からの命令に従うことを拒否している。
「ちくしょう、ここまでか……」
「シュ!」何かが風を切る音と共に、岩竜の悲鳴があたりに響く。そこには、胸に深々と槍が刺さったグラビモスの姿があった。それは、ヴァルカンのよく知る幼馴染の使用しているスパイクすピアであった。
「かなり迷惑かけちゃったみたいね」
辺りに響き渡る女ハンターの声。ミナが完全に復活したのだった。
「おいしいとこもらっちゃうけど、文句なしよ。ヴァル」
にこりと、笑うと、ミナが走り出した。長槍も、防具もつけていない彼女のスピードは、もはや常人には理解できないような速さであった。
驚きと同時に、急いで反撃に転じようとするグラビモス。しかし、横合いから放たれた貫通弾によって、彼の反撃はさえぎられた。
「どうも」
自分を救ってくれたガンナーに、短い返礼をする。
「いえいえ、良い思いさせてもらったんだ。これぐらいはしなきゃな」
自分にしか聞こえないような声で、つぶやくフェイトン。
フェイトンの放った弾によって、一瞬意識がとんだグラビモス。だが、ミナにとっては、その一瞬で十分だった。
グラビモスに刺さった、自分の槍の前に、恐ろしいほどの速さで間合いを詰め、大きく息を吸い込む。彼女の丹田に力がみなぎる。
「おぉぉぉ!!」
グラビモスの雄叫びが、子供だましに思えるような、ミナの気合の咆哮。嵐のような乱打が、刺さっていた槍に浴びせられる。少しずつ、少しずつ深さを増していく槍。そして、ついに……。
≪グオオオオオ!≫
断末魔の声と共に、グラビモスが地にひれ伏す。「しゃっ」と、最後に気合を入れ、ミナが姿勢を正す。彼らの死闘は、恐るべき豪力のハンターによって、終焉を迎えたのだった。
「……俺、死ぬかな?」
今更ながらに、自分のミナに対してしでかした行為を思い出し、卑屈な笑いを浮かべるフェイトン。どのようなモンスターと対峙しても、恐怖心を感じたとしても顔に出さず、冷静さを失わないであろう、この男が、今、人間に対して純粋な恐怖を感じ、顔全体にそれが充満していた。
エーベルランド記【統率者】12章
戦いを終え、三人はグラビモスの剥ぎ取りをしながら、今回の戦いの話題を口にする。
「もし、フェイトンさんが来てくれなかったら、あたし達、本当に危なかったです。ありがとうございました」
「いえいえ、こちらこそ良い思いをさせてもらいまして……」
「え、良い思い?」
「いや、なんでもない、なんでもない」
とっさにミナの恐ろしさを思い出し、フェイトンは口をつぐんだ。彼は、智謀にかけては右に出るものはいないであろうが、腕力に関しては、明らかにミナのほうが上回っていることを知っていた。そして、目の前で横たわるグラビモスの無残な姿。もし、彼の犯した罪がばれてしまったとしたら、次は自分がこうなるだろうと、身震いした。
「はぁん、何をびびってんだ、天才さん?」
「ば、ばきゃ! 誰がちびってるだ、誰が!!」
「いや、びびってるっていっただけだぞ」
フェイトンの予想以上の反応に、少々うろたえるヴァルカン。何故フェイトンが、これほどまでに焦っているのか? 実は、フェイトンはミナの恐ろしさを知って、本当に少しだけちびっていたのだ。しかし、気を取り直したヴァルカンは、さらに声を大きくして、フェイトンの罪を暴露した。
「おや、そういやミナ。お前、防具はどうしたんだ?」
「あれ、本当だ。全部脱がされてる。なんでかしら」
「……そういうことするぅ〜?」
ヴァルカンのにやけ面に、蹴りを入れたい衝動を必死に抑えながら、天才は自分の逃げる道を探した。
そして、彼は思いついたのだ。
「いや、きっと下心丸出しのエロ野郎が、ミナちゃんが気絶している間に、汚らしい手で恍惚としながらぬがしたんだよ。まったく、ゆるせないな」
自分のしたことをありのままに述べるフェイトン。彼の話では、自分がとても最悪な人間だといっているようなものなのだが――
「え、それって、もしかして……」
ヴァルカンの顔がにやける。
「フェ……」
「いや、そこにいる赤い髪の青年でしゅ」
「な!?」
ミナが、犯人の名前を当てようとした瞬間、当の犯人が、罪をなすりつけたのだ。
「なんですって!」
「待て、ミナ! お、怒るな。落ち着け、落ち着けぇ!!」
ヴァルカンににじみ寄るミナ。彼女の腕の筋肉が膨張し、拳がバキバキと鳴り響く。
「いやぁ、僕もびっくりしましたよ。村人に頼まれて、人助けをしに、やっとの思いでここまできたら、グラビモスが目の前にいるというのに、せっせと岩陰で、意識を失って抵抗することができない女性の防具を、鼻の下を伸ばしながら、いちま〜い、にま〜い……、なんていって楽しそうに脱がしている腐れ外道の姿がありましたからね。しんじらんない! 女の敵!」
フェイトンが、さらに、たたみかけるようにして、言葉という散弾を、舌というボウガンに乗せ、口という発射口から次々と打ち出す。
彼にとっては、そのようなこと朝飯前であった。なぜなら、自分の行ったことを、人名だけ変えて、そのまま口にすればよいだけなのだから。
「この野郎、よくもぬけぬけと! ミナ、待て。証拠がないぞ!」
ミナの怒りのオーラにおびえ、必死に弁明しようとするヴァルカン。だが、彼はフェイトンの策略に既にはまっていた。
「あれぇ、ミナちゃんの防具に俺の髪の毛がついてるぅ〜」
「なんですって?」
「ほら、見ろ。やっぱり、そいつじゃないか!」
その瞬間、フェイトンは、もはや悪戯小僧ではなく悪魔の顔になっていた。
「わ、わかったぞ! おかしいと思ったんだ。やたら、僕の頭を叩いたり、いきなりミナちゃんの防具の話をしだすなんてな」
「な……」
事実と虚実を絶妙に混ぜ合わせた調合弾が放たれる。
「そして、僕の髪の毛が10本もミナちゃんの防具から……。いくらなんでもやりすぎだよ! ミナちゃんが、短絡的な人間だったら、僕が恨まれていたんだよ? まったく、ミナちゃんが気付いたからよかったものの……もおぉ〜、プンプン!」
自分の放った調合弾が、ミナの耳に入り、言葉の毒が体内を侵食したときを見計らって、さらに、対外からも毒を吹き込む。彼はまず、ミナのことを思慮深いと暗に言って褒め、気をよくしたところに、すかさずミナが既に、犯人に気付いているという虚実を吹き込み、あたかもそれを事実のように偽装したのだ。
「普通、髪の毛を10本も落とす馬鹿いないでしょう? それとも、俺をはげさせたいの?」
とどめ。ヴァルカンは、ただただ言葉の魔術師の姑息な罠に、口を閉口させているしかなかった。
「ふぅ、ヴァル」
「は、はい!」
「生きてたら、土下座しなさい」
次の瞬間、血飛沫をあげてながら、ヴァルカンの身体が一瞬だけ、地球の重力によるしがらみを抜け出した。のちに、フェイトンは、この光景を、こう称した。
「人が空へと飛び立ち、鳥になる瞬間を、俺は見た」
のちの人々が、この言葉に感動し、空を飛ぶ機械を作るきっかけとなったのだが、数々の高名な歴史家でさえ、この悪魔が、自分の罪を仲間に擦り付けたがために起こった惨劇を、面白おかしく揶揄したとは、誰一人想像すらできなかった。
回転しながら、銃で撃ち抜かれた鳥のように落ちてくるヴァルカン。そこへ、容赦ない連撃が繰り出される。正拳突きから始まり、右回し蹴り、とび膝蹴り、掌低突き、昇○拳、竜巻旋○脚、ス○゜ニングバードキック、モンゴリアンチョップ、島津流実○拳、サ○コクラッシャー、最後に、アルゼンチンバックブリーカーという、美しくも破壊的な嵐の11連コンボを巻き起こした。
地面に、音を立てて倒れるヴァルカン。その身体は全身、彼の髪と瞳の色と同じ色彩で彩られていた。かれも、この惨劇の中、ある名言を残している。
「俺は、宇宙へと飛び出し、俺達の星を見た。とても綺麗だった」
ある学者は、この言葉から、古代には自分達より進んだ文明が存在しており、それにより、彼らは宇宙へ行くことが可能だったという説や、ヴァルカンが実は宇宙人であったという説、さらには勇者ヴァルカンは、薬をやっていた(※薬物は法律で禁止されています)などという説まで浮上し、大論争を巻き起こした。しかし、この言葉に感銘を受けた人々が、宇宙へ行くための機械を作り出し、本当に人間の目で自分達の星を眺めることができたということを、この不幸な赤髪の青年は知る由もなかった。
「いやぁ、ミナ様は、さすがでげすなぁ」
「やだ、フェイトンさんにそんなこと言っていただけるなんて、光栄です!」
揉み手をしながら、ゴマをするフェイトン。それに、素直に感激するミナ。その光景を見たヴァルカンは、朦朧とした意識の中、フェイトンの臀部から黒くとがった尾が生えている錯覚を見た。あるいは、本当に錯覚であったのか?
その後、ヴァルカンは土下座させられ、ミナに担がれながら、フェイトンの滞在する村へと向かった。捜索願が出されていた村人は、既にフェイトンが保護しており、村人達は三人に感謝したという。
そして、その夜。ヴァルカンの口から、全ての真実がロザリアへと告げられ、悪魔は、聖女によって地獄への切符を渡され、一晩中旅行をしていたそうだ。
翌朝、ヴァルカンとミナは、トールへの報告をするため、ゴルドバへと出発した。二人を笑顔で送り出すロザリアの横で、木に吊るされたモノが、何かうめいていた――
悪に対しては善をもって悪を滅するということだろう。
エーベルランド記【統率者】13章
青々と茂る草原。その中にあって、唯一人の手によって手が加えられ、舗装された道を、二匹のランボスと、二人の男女が走っていた。
城塞都市ゴルドバを首都とするジェノバ王国では、交通手段にモンスターを用いられることがしばしばある。その中でも、ランボスは俊敏で、意外に体力もあるということで、城塞都市ゴルドバには、ランボス兵団なるランボスを駆る者たちまでいる。
今、この田舎道を走る二人も、途中の村でランボスを借りることにしたのだった。
「へえ、ランボスがこんなに可愛く見えるなんて、初めてだな」
顔に少々青あざを残しつつ、ヴァルカンが感嘆の声を漏らす。彼の回復力は尋常ではない。昨夜までは身体中に受けた打撲傷で動くことはもちろん、喋ることすらできなかったのだ。それが、たった一晩で、喋れるまでに回復しているとは、村人達も唖然とした。まあ、その傷のほとんどが、モンスターではなく人の手によるものだというのも、おかしな話ではあるが。
「でも、馬よりも、ちょっと、上下、運動が激、しいかな?」
ヴァルカンの横で、青ざめた顔をしながら答えるハンター。のちに「神の拳」や「審判の拳」「竜殺しの拳」さらには「ヴァルカン殺しの拳」など、後世の武術家の間では伝説の闘姫(とうき)とされた彼女は、今、モンスターではなく、腹の底からこみ上げる嘔吐感と必死に戦っていた。
「そうか? この感じがまた、たまらないけどなぁ」
ランボスに御する為の手綱をクイッと引くと、ランボスが勢いよく跳躍する。
「ひゃっほー!!」
風を切るスピード感と、ランボスの強靭な筋力によって生み出される跳躍特有の浮遊感でヴァルカンの気持ちは高揚していた。
「うえぇ、あたしにはできないよ……」
前方で楽しそうにランボスを駆る男とは違い、できるだけ揺れを少なくして走らせるミナ。彼女の唯一にして最大の欠点は、極度の乗り物酔いであった。であるので、彼女が言うように、馬を使ったとしても、結果は変わらなかったであろう。
ヴァルカンとミナがそれぞれ、楽しみ、苦しんでいる時、ゴルドバの中央に位置するディレイオス城の王室に、一人の男がいた。その体躯は2mをゆうに超えており、伝承に出てくる巨人族を思わせるものがあった。そして、その巨人の前には、ジェノバ王国国王ゴドウィンが、嬉しさと驚きを隠しきれない表情で立っていた。
「……久しいな、ゴドウィン」
「トール殿も、まるでお変わりなく」
ゴドウィンは、何も嫌味で言ったわけではない。彼の前に立つ巨人は、本当にまったく変わっていないのだ。彼の祖父、いや、その前の代からずっと、この巨人は何一つ変わることなく生き続けているのだ。
「……まあな、それよりも、お互い旧交を温めているというわけにはいかんのだ」
「どういうことですか、それは?」
「お前の息子のことだ」
ほんの半瞬、ゴドウィンの顔がひきつった。彼にとって触れられたくない場所だったのだろう。
「それが、なにか?」
「今、俺のところで世話をしている」
ジェノバの国王は、その言葉で態度を一変させた。
「なんと! ではトール殿は今まで、我が息子の所在を知りながら、私に一言も申してくださらなかったのか!?」
「そういうことになるな……」
両眼に失意と激怒の炎をたぎらせ、王はさらにトールに詰め寄った。
「して、我が息子、イーニアスは今どこに!?」
今にも襲い掛かりそうなゴドウィンの態度を、さして気にする様子も無く、トールはさらりと言ってのけた。
「この町にいる」
「な……」
「本人は嫌がっているがな……」
よろよろと、うしろにある椅子に座り込み、うなだれるゴドウィン。
「本題に入ろう。用事というのはイーニアスのことだ」
トールはうなだれる王の肩にそっと手を置き、話しかけた。
「あいつは、迷っているのだ。いずれは継がなければならない王者としての運命にも、それを分かっていながら逃げ続けている自分にもな……」
「トール殿……」
「このままでは、あいつは両の肩に責任という重石を背負い続け、答えを見つけ出すことができず、逃げ続けることしかできないだろう……」
「それでは、イーニアスをここに?」
「一応な。そのためにお前に提案するのだ」
「ど、どのようなことで?」
王宮の中で、二人の男は、一人の若者の運命について談話し、それが終わったとき、王の顔には悲壮な決意の色が見え隠れしていた。
「ふぃ〜、ついたついた!」
「あぁ、愛しのゴルドバ。やっと、やっとついたわ!!」
お互い、別々の理由から歓喜の声を上げるヴァルカンとミナ。さっそく、乗ってきたランボスを、運行会社につれていく。ジェノバ王国では、ランボスが乗り物として多用される為、各地にランボスを借りる為の会社があるが、他の村や町で返したいときは、同じようにランボスのレンタル会社に持っていくと、元の村や町に帰しておいてくれるのだ。
少し、名残惜しそうにしながらも、ランボスを返し終えたヴァルカンが、何か慌ただしい雰囲気がゴルドバ全体を包んでいることに気付いた。
「ミナ、おかしくないか?」
「えぇ、町の人たちがそわそわしているわね」
その時、たまたま二人の前を見知った顔が通った。
「JB、ガット!」
「おう、ヴァルカン! どうやら、討伐はうまくいったらしいな」
二人は、「神剣のミュラー」率いる【エルムドア】の団員で、一度、ヴァルカンと一緒に、イャンクックの討伐をしたこともあったのだ。
手を取り合い再開を喜ぶ三人。だが、ヴァルカンは思い出したように、この異様な雰囲気の原因について尋ねてみることにした。
「いったい、なにがあったんだ? 活気がある町ではあったが、なにか異常だぞ」
すると、JBとガットが顔を見合わせ、ガットが少し言いにくそうに話し出した。
「それが、今から一時間後に、ディレイオス城の決闘場で、お前のところの――」
「俺のところ?」
「――トールさんと、イーニアスの決闘が始まるらしいんだ」
「一体どういうこと? ただの決闘でここまで騒ぎが大きくなるはず無いよ」
驚愕のあまり口を閉口させ、喋ることができないヴァルカンの代わりに、ミナが声を張り上げる。
「いや、それが。よく分からないんだが、なんでもイーニアスがこのジェノバ王国の王太子らしいんだ」
再び、驚愕という名の鎖がヴァルカン心に巻きつき、ぎりぎりと締め上げた。
エーベルランド記【統率者】14章
城塞都市ゴルドバの中央に巍々として聳え立つ【ディレイオス城】一応は城と呼称されているものの、その実、中距離型砲撃台32台、遠距離型砲撃台16台、対飛竜用特殊砲2台。その他、大小あわせて40に及ぶ軍事武器を常備させている、まさに軍事要塞なのである。
しかし、近代兵器が揃う城の中にあって、城の中庭にある決闘場だけは、今も昔も、その姿形を変えずに残っている。この【ディレイオスの審判】と呼ばれる決闘場は、古来より神聖なものとされ、たとえ、ジェノバ国王でさえもこの場を汚すことは許されなかったのだ。
そのディレイオスの審判で、今、決闘の時を待つ男が二人いた。
「どうして、僕たちが戦わなければならないんですか!?」
もともと白い顔を、リオレウスの鱗のように高潮させながら、白髪蒼眼の若者が、目の前で黙々と武器の手入れをしているトールにむかって、叫んだ。
「こんなの、おかしいですよ! トールさんと、僕が戦う理由なんてないじゃないですか!!」
なおも、喋り続ける若者を、じろりと一瞥したトールが、ゆっくりと口を開く。
「……今のお前は、俺たちにとって邪魔な存在だ。王子としての責任に怯え、ハンターとしての自由を失うことに怯えているような奴はな」
「な……」
今までにない巨人の厳しい一言に、さしものイーニアスも絶句した。
「いいか? ハンターはお前の逃げ場ではない。お前の双肩にはジェノバ王国の民の命がかかっている。いつまでも、甘やかすわけにはいかない」
「でも、何故決闘なんですか?」
「お前の父親と約束した。お前が勝てば、お前の進みたい道を歩ませてやる。俺が勝てば……」
「否が応でも、父の下へ帰すと?」
「そういうことだ……」
再び、自分の武器を始めたトールに背を向け、無言のまま、ジェノバ王国の王太子は自分の控え室へと歩いていった。
ゴルドバの城下町は、にわかに活気付いていた。行方不明だった王子が突然現われたと思いきや、今度はいきなり決闘を始める。どんな国にも祭り好きの人間というものはいるのである。その人々が、いまや、露店や賭博といった祭り事の用意を着々と進めているのであった。
と、いっても、決闘が始まるまで、あと1〜2時間。そんなにたいした物はできないと思いきや、人の力とは恐ろしいものである。
城に続く道筋のいたるところで、露店が軒を連ね、大道芸人がそれを盛り上げる。小遣い稼ぎをしたいハンターや、住人達が、賭博屋の下へ我先にと群がる。
ただ、そのような人々には目もくれず、仲間の身に起こった異常事態の原因をつき止めるため、城へと伸びる道をひたすらに走る人影があった。ヴァルカン、ミナ、そして、勢いでついてきたJBとガットである。
「一体全体、なに考えてんだよ、トールもイーニアスも!」
身体に残った疲労のことなど、まったく気に留める様子もなく、ヴァルカンが走る速度を上げた。
「わ、わからないよ。いきなり、ゴドウィン陛下の布告で、王太子イーニアスとハンタートールの決闘を執り行うって伝えられたんだもん」
ヴァルカンの横を走るガットが、息を切らせながら、やっとのことでそれだけ話した。
「あぁ、それにヴァルカン。お前だってイーニアス殿が王太子だとは知らなかったのだろう?」
「そ、それは――」
JBの率直すぎる言葉に、言葉を失うヴァルカン。そんな彼を見て、ミナが、励ますように横合いから声をかけた。
「大丈夫、なにか理由があるはずだよ。あたしはトールさんと知り合ったばかりだけど、あの人は無駄に決闘なんかする人じゃないよ」
「あ、あぁ。そうだな、そうだよな!」
幼馴染の言葉に、本来の元気を取り戻したヴァルカンが、いっそう足を速める。
「よぉし、早いとこトールと糞イーニアスから、事情を説明してもらうぜ!」
風のごとく駆けるヴァルカンの後を、三人のハンターが行きも絶え絶えに追いかけようとするが、三人の前には、既にヴァルカンの姿はなかった。
「ば、ばけものめぇ」
「同感……」
「むぅ」
必死で走ってはいるものの、底なしのヴァルカンの体力に圧倒されるミナ。幼い頃、いつも彼女のうしろに隠れて、彼女の服をつかんで離さなかった弱虫の幼馴染が、今は無性に頼もしく思えることに奇妙な苛立ちを感じつつも、自分でも分からない嬉しさが、ミナの心には芽生えていた。
そんな仲間の心配をよそに、刻一刻と、決闘の時間は近づきつつあった。
そんな中、決闘を行うものたちの控え室である【血と竜の間】で、父と子の、およそ親子らしくない会話が交わされていた。
「イーニアスよ……」
黙って装備の点検をするイーニアス。
「わしは、ただ、お前に立派な王になってもらいたかったのだ。ただそれだけ――」
「勝手なことを言わないでください!」
静まり返っていた室内の空気を、イーニアスの怒声が引き裂いた。
「皆そうだった。将来は良き王に、良き統率者に……皆、皆そうだった! 私はうんざりだったのです。あなたが望んだ地位を、私は望んでなどいなかった……」
「イーニ……」
「出て行ってください」
「待て、わしはただ――」
「出てけ! 早く僕の前から消えろぉ!!」
透き通った青空のような瞳に、海のように深い悲しみを湛え、やり場のない怒りを父にぶつけるイーニアス。そんな彼を見て、王は言葉を飲み込み、悲しみと失意のうちに、血と竜の間を後にした。
「う、ぐぅ。やっと、やっとできた仲間だったんだ。トールさんも、フェイトンさんも……ヴァルカンも……やっとできた仲間だったんだ!」
あふれ出る涙を止める術もなく、イーニアスは一人、ただひたすらに泣き続けた。
そして、ヴァルカン達の思いは届かないまま、かつての仲間、いや、今でも仲間であろう二人のハンターの決闘の火蓋が切って落とされようとしていた。
エーベルランド記【統率者】15章
決闘という響きに興奮した人々が、声を張り上げて、決闘場の周りを取り囲む。ディレイオス城はいまや、熱気と狂気の坩堝と化していた。
そのような熱狂の最中、まるでそこだけが冷気をまとったかのように、静かにたたずむ二人のハンターがいた。トールとイーニアスである。一見、双方とも冷静な顔つきではあるが、イーニアスの胸中は穏やかというには程遠いだろう。今朝までは、第二の父と呼べるほど慕っていた男が、今や彼の前で、自分との決戦の時を待っている。その現実たるや、いっそ楽に殺してくれと思ったほどだ。
観客の熱気が頂点に達した頃、決闘場【ディレイオスの審判】の国王専用の傍観席に王の姿が現われた。
「皆の者、これより、戦士トールと戦士イーニアスの神聖なる決闘を開始するが、依存はないか?」
王の問いに、人々が賛成の言葉を唱和する。悲しそうにうなずき、ディレイオスの君主が、これから戦い合う戦士に、決戦の誓いを問う。
「汝、父と母の為、その血と骨と肉をこの審判に捧げるか、戦士トール?」
「はい、我が父と母に誓い、我が血と肉と骨を捧げましょう」
抑揚のない声で、巨人が誓いをたてる。
「汝、父と母の為、その血と骨と肉をこの審判に捧げるか? 戦士イーニアス?」
「はい、我が母に誓い、我が血と肉と骨を捧げましょう」
我が子の言葉を聞いた王は、いっそう大きな溜め息をつき、己が手を天高く上げた。
「それでは、これより戦士トールと戦士イーニアス、両名の決闘を開始する」
会場が静まり返り、四本の剣の鞘ばしる音が響く。
「はじめぇ!」
“ドォォン”という、決戦の始まりを告げる銅鑼が鳴り響き、観衆が再び奇声を張り上げる。
「うおぉぉ!」
「しゃあ!」
観衆の視線を振り払うように、地面を蹴りあげ、突進する二人。走る速度では、やはりイーニアスに分があるようだ。トールに走りより、一気に間合いを詰めたイーニアスの双剣が巨人を襲う。
しかし、相手はモンスターではなく人間であり、それも、熟練の戦士である。イーニアスの放った斬撃は“ガキィ”という鈍い刃音と共に、トールの双剣の前に弾かれた。
「ぐぅ……」
恐るべき巨人の膂力に、いったん間合いを離すイーニアス。それもそのはず、ただの一撃で、彼の腕は、第二撃が打ち込めないほどの衝撃を受けたのだ。
トールの持つ双剣は、正確には「剣」ではない。【デュアルトマホーク】恐るべき破壊力ではあるが、切れ味のほうはというと、威力の割りには、今ひとつ心もとない。しかし、これをトールが使うとなると、話が違ってくる。普通、双剣だけでなく、およそ「剣」という武器は「斬る」ことを前提に考えられている。だが、トールの場合「斬る」のではなく「叩く」「潰す」といった用途で用いる為、切れ味はさほど関係ないのだ。
「どうした? こそこそと鼠のように跳ね回るだけがお前の戦い方か?」
「なに!?」
そして、熟達した戦士は、戦いにおいて、相手を挑発するということがしばしばある。これは、逆上した相手が、理性を失い御しやすくなるということもあるが、もうひとつの理由は、怒りに任せた攻撃は思いのほか体力を消耗する。この他にもいくつかの利点があるので、人だけではなくモンスターとの戦いにおいても、挑発というのは有効な手段なのである。まあ、世の中にはそんな利点よりも、己の快楽と自己満足のために挑発を行う快楽主義者の悪魔も存在するのだが……。
「ふん、俺やフェイトン、ヴァルカンに守られ、いい気になっていたのか?」
「ぼ、僕は、ヴァルカンに守られたことはない!!」
辺りが静まり返るほどの怒声と共に、白髪が宙に消える。
「ふん!」
一瞬にして背後に回りこんだイーニアスもたいしたものだが、その攻撃をあっさりと見切ってしまったトールの動きは恐るべきものであった。巨体を勢いよく回転させ、その遠心力によって速度を増した双斧が、彼の背後に存在していた空間を切り裂いたのだ。
白髪の若者が振り上げた剣は、敵にむかって振り下ろされることはなかった。口から鮮血をほとばしらせ、宙を舞うイーニアス。その胸は、まるで豆腐のように引き裂かれた胸甲から噴き出す真紅の液体で彩られていた。
「所詮、貴様の力はこの程度だ」
斧に付着した血を振り払いながら、巨人は、地面に沈んだ若者を静かに見やった。
「イーーーニアァァス!!」
薄れ行く意識の中、イーニアスは自分の仲間である赤髪の若者の声を耳にしたような気がした。
エーベルランド記【統率者】
漆黒の絨毯が足元を埋め尽くし、月はおろか星すらも顔を見せない闇が頭上を覆う。「虚無」という言葉がこれほど相応しい場所はないだろう。
「うぅ……」
「気がつきました?」
最果てか、あるいは中心か。方角も距離も分からない空間の中で、二人の人影が、闇に浮かぶ松明の様に、朧げに浮かび上がる。
「こ、こは」
そのうちの一人、白髪のハンター、イーニアスが辺りを見渡す。と、いっても何もないのだが。
「ここは、貴方の中」
イーニアスの前で朝靄のように不透明な、女性と思われる人影が、イーニアスの質問に答える。
「僕の、中? どういうことですか?」
白髪のハンターは、目の前の人影を知っているような気がしたので、あえて名は聞かないことにした。
「そう絶望し、苦しみ、悩み、逃げ出した、貴方の自責の念が作り出した空間。愛も、希望もなくただただ闇が広がる空間」
「これが、僕?」
自分自身に醜い部分があるのは分かっていた。しかしながら、これほどまでに自分の心は黒く塗りつぶされてしまっていた。普通の人間ならば、このようなことを言われたら、反論するか、怒り出すだろうが、イーニアスは違った。自分の中にある闇の根源を知っていた。
「寒い、苦しい」
がたがたと震え始めた肩を抱きながら、赤子のように丸まるイーニアス。その姿は、いつも冷静で自信に満ち溢れた彼の仮面が剥ぎ取られた姿なのかもしれない。
「そうやって、逃げてきたのね。これからも、逃げ続けるつもり?」
「違う、違う。僕が望んだんじゃない。僕が――」
「甘ったれるのもいい加減にしなさい!!」
突然の怒声に、まるで、獅子に吼えられた兎のごとく、イーニアスは顔を上げた。
「望んだことではないのは分かります。それでも、人は歩まなくてはならないのです。このまま、逃げて、逃げて、貴方に何が残りますか?」
「……」
「前を向きなさい、イーニアス。確かに、貴方の運命は決まっているのかもしれません。でもね、「そこ」にたどり着くまでに、貴方は色々なものを手に入れることができるのよ」
「色々なもの?」
「もう、分かっているはずです」
言い終わると同時に、何もなかった空間に、突如として淡い光が現われた。
「これは、トールさん」
淡い光の中には、彼の仲間であるハンターの頼もしい姿があった。
「まだ、あります」
女性の声と同時に、次々と浮かび上がる光。
「フェイトンさん、みんな……」
光が闇を照らしていく中、ひときわ大きな光が、イーニアスの前に現われた。
「ヴァル、カン?」
光の中のヴァルカンの姿は、初めて会った時と、なんら変わりない姿であった。
「なんだよ、お前も成長してないじゃないか」
闇が振り払われていく。
「いや、変わっているんだろうな、みんな」
若者の肩の震えが止まる。
「僕も、変わらなきゃな」
足元には色とりどりの花毛氈が広がり、頭上には今までに見たことがないくらいの青空が広がっている。
「いってらっしゃい、イーニアス」
「いってきます――」
微笑みながら、消えていく人影を抱きしめるイーニアス。
「――母上」
ふと、イーニアスが母と呼んだ女性が笑ったようであった。
「イーニアス! イーニアス!!」
ヴァルカンが観客席から身を乗り出しながら、ピクリとも動かない若者に呼びかける。胸から流れ出る血は、いまだ止まらず、決闘場の石床を赤く染めあげている。
「ここまでか……」
ジェノバ国王が、目の前の変わり果てた息子の姿に、さすがに参ったのだろう。腕を上げ、勝利者の名を呼ぼうとした、その時――
「まだだ……」
不敵な笑みを浮かべ、巨人が双斧を構えなおす。
「おお……」
観客達のどよめきが決闘場を包む。
「僕は、変わる、ん、だ」
よろよろと、生まれたての小鹿を思わせるような足つきで、白髪のハンターが立ち上がった。胸の血は既に止まっている。
「第一関門は、どうやら突破できたようだな」
イーニアスの急激な変化に動じる様子もなく、トールが嬉しそうにつぶやく。
急激な変化とは、イーニアスが突然立ち上がったことではない。いや、それもあるが、本当の変化とは彼の迷いのない顔。そして――
「なんだ、あれ?」
観客の内の誰が言ったかは分からないが、その声に、あらためてイーニアスに視線が集中する。
「あ、あれは」
王が勢いよく席から立ち上がり、イーニアスの「背」に目を見張る。
先程まで地にひれ伏していた男の背中からは、何か紅いオーラのようなものが出ていた。
「あ、ありゃあ、鬼人化だろ?」
「そ、そんなこと誰でもしっとる! 問題はあれだよ!」
観客が騒いでいる「あれ」とは、イーニアスの身体から吹き出る鬼人の波動のことではない。それだけならば、双剣を使うハンターのほとんどが使うことができる。
「お、おお、シャーロット」
王が、今はいない妻の名を呼ぶ。そう、彼の息子から流れ出る紅い波動。それは息子の頭上で彼の知るはずのない母の姿となっていたのだ。
「ここからです、トールさん」
「そのようだな……」
二人の声が途切れると同時に、再び、4本の刃が重なり合う音がディレイオスの審判に木霊した。
エーベルランド記17章
白刃が交わると共に、トールの戦斧が音高く弾かれる。トールの常人を遥かに凌駕する膂力を持ってしても、目の前にいる剣士には歯が立たなかったのだ。
「ぐぅ……」
腕の痺れが消えぬうちに、第二陣が暴風のように巨人に襲い来る。
間一髪で、イーニアスの連撃を免れ、飛び退るトール。しかし、完璧にかわせたわけではなかった。イーニアスの双剣は、凄まじい鎌居達を起こし、その衝撃で、トールの腕からは鮮血がほとばしっていたのだ。
「よりによって……お前の母、シャーロットとはな……」
傷ついた腕と、イーニアスの背で、彼を包み込み、護る様に神々しくたたずむ女性を見やりながら、巨人が、口元に微笑を湛える。
「相手にとって不足なしだ」
弾き飛ばされた斧には目もくれず、新たな戦斧を足から抜き放つトール。
前にも言ったとおり、彼の場合、必要なのは速さではなく、力なのだ。なので、普通の双剣使いが、極力俊敏さを得ようと、2本しか持たない双剣を、彼の場合、その身体に8本は仕込んでいるという。速さを犠牲にして、力を得る。これが、トールの戦い方なのだ。
「まだまだ、僕は、いや、僕たちの力はこんなものではありません!」
「だろうな……ぬぁ!!」
トールとジェノバ国王が「シャーロット」と呼称したオーラが、鮮血のような赤から、次第に、陽の光のような白へと変わってゆく。それに呼応するかのように、トールの身体にもまた、目に見えて変化がおとずれた。
筋肉が盛り上がり、体の色が、薄黒く変色する。体内の鉄分や炭素をコントロールし、身体を硬化させているのだ。いわゆる、硬化薬の効果を、何も使わず、呼吸法と体内の細胞コントロールだけで行う。さらには、鬼人化の効果も加わり、まさに、攻守共に隙の無い身体を、一瞬にして作り上げたのだ。
「おおぉぉ!」
「そうりゃぁ!」
凄まじい衝撃がディレイオスの審判でぶつかり合う! 一方は、伝承にある巨人と称してもよい巨躯の戦士、もう一方は、かつて伝説の鉄槌とまで謳われたジェノバ国王ゴドウィンと、双剣の美姫と敬われたジェノバ国女王シャーロットの息子である剣士イーニアス。
神ならぬ身に、神のごとき力を背負った双方の刃は、お互いに決定的な一打を入れることはできないでいる!
白髪が踊るように宙を舞い、二筋の閃光がそれに続き、敵に牙を向く。しかし、強烈な斬撃は、それと相当する威力の斬撃によって、打ち砕かれる。右、左薙ぎと、見せ掛け、突きこむ白髪の剣士。頬に、かすり傷を残しながらも、すべてかわし、巨木のような脚で、蹴りを浴びせるトール。バランスを崩しながらも、蹴りを受け流し、宙で体勢を立て直すと同時に、連続して回し蹴りを放つイーニアス。一打、二打……全て受けきったと確信したトールが、全身全霊を込め、双斧を振り上げる! 彼の身体はもはや、限界まで来ているのだ。筋肉がきしみ、細胞が悲鳴を上げている。もはや一刻の猶予もない、これで終焉となるはずであった。
「うおおおぉぉ!!」
だが、百戦錬磨の巨人は、戦闘の天才の才を見誤った。恐るべきバランス感覚で、タイミングをずらしながら、時間差で第三撃を繰り出すイーニアス。それに気付き、トールが顎を引こうとするが、間に合わない。疾風のように巨人の顎をイーニアスの蹴りがかすめる。一瞬、トールの脳は主人の意に反し、思考を停止した。一秒や二秒ではない、コンマ一秒にも満たない一瞬である。しかし、その一瞬で、決着はついた。
「母さん! お願いです、力を!」
数瞬の間、観客達は凍りついたように静まり返った。決闘場では、床を紅く染めながら、ゆっくりと膝をつくトールと、彼に背を向けるように、息を切らしているイーニアスの姿があった。
「二対一か……まったく、たまらんな……」
自分で作った血の海の中へと倒れこむトール。
慌てて、ジェノバ国王が勝利者の名を挙げる。
「しょ、勝者、イーニアス!!」
王の宣言に続き、どっと沸き立つ観衆。血沸き肉踊る、そのような言葉が相応しい決闘が、自分達の目の前で繰り広げられたのだ。無理も無い。しかしながら、この状況をそう簡単に享受できぬ者もいた。
「そんな、イーニアス、トール……なんで?」
「ヴァル!」
糸をきられた操り人形のように、うなだれ、崩れ落ちるヴァルカンを、必死に支えるミナ。
「大丈夫、トールさんは絶対大丈夫だから! 理由を聞きに行こう、ヴァル!」
「……」
もはや放心状態の幼馴染を、なんとかして励まそうと、声を振り絞る。
「俺たちは、バッカスさんにこのことを報告する」
JBが、機械的な声で、呟く。声だけ聞けば、冷静な若者と思うだろう。声だけならば。なぜならばJBの顔には、ありありと、驚嘆の二文字が浮かび上がっていたのだから。
横では、ヴァルカンと同じく無言のまま、ガットが呆然としている。
「おひゃひゃあ(おやまあ)、ふぇっふぁくひゃちゅいひゃのきゃい(決着はついたのかい)」
ふいに、気持ちの整理ができない、若者のうしろから、およそ人間の言語とは思えない言葉がかけられた。
「フェイトンさん!」
「ひょう(よう)」
いち早く反応したのはガットであった。彼は、ガンナーであり、フェイトンを尊敬しているのだ。まあ、のちに「悪戯フェイトン」「悪童フェイトン」などと呼ばれ、親しまれる英雄を、早くから信奉し、一番弟子として歴史に名を残すことになったのも、うなずける話だ。
「な、なんでここに?」
「私が答えます」
ミナの問いに、それまでフェイトンの陰に隠れていた女性が、すっと前に出た。背はすらりと高く、端正な顔立ちで、朝露に濡れた薔薇でさえも、その美しさには恥らうといわれたフェイトンの妻、ロザリアである。
「貴方達が去った後、この人が突然、ゴルドバに向かいたいと言い出したの。それで、私たちもミナさん、ヴァルカンさんの後から、この決闘場についていたのよ」
「そうだったんですか。いや、それよりも、大変なんです! トールさんがトールさんが!」
「慌てないで、ミナさん、彼なら大丈夫」
熱湯でもかけられたかのように騒ぎ出すミナを、優しく包み込むような声でなだめるロザリア。
「ひゅむ(うむ)、そのひょうりふぁふぃなひゃん(そのとおりだミナちゃん)」
いまだ腫れが引かず、ろれつの回らない下を、一生懸命動かし、ディレイオスの審判をさすフェイトン。
四人が、一同に目をやると、なんと、先ほどまで倒れ、動くことの無かった巨人が、起き上がっていたのだ。胸にばっさりと開いていた傷は、何事も無かったかのようにふさがり、血一滴も出てはいない。
「……むぅ、さすがにふらふらするな」
「ト、トールさん?」
勝者のはずのイーニアスが、思わずたじろぐ。
「いや、良い試合だった。お前の好きにしろ……イーニアス」
「……トールさん」
王の顔はなお複雑であったが、決闘の前とは違い、息子の姿に、何かを見出したようでもあった。
常闇の空間で、ゆらりと人影が動いた。
「くく、もうすぐだな、次は俺にやらせてくれ」
下卑た笑い声と、聞くものを不快にさせる声が、辺りに響く。
「なら貴様がやるがいいテュポン」
別の場所から、今度はおよそ感情というものを道端にでも捨ててきたような声が響いた。
「ありがてぇなぁ、こりゃ」
テュポンと呼ばれた男は、さしてありがたそうでもない言葉を返す。
だが、それをまったくといっていいほど、意に介す様子も無く、暗闇の奥から、湿気をはらんだような声が轟いた。
「みなの者、よく聞け、もう少しだ」
絶望、恐怖、憎悪、あらゆる負の感情が入り混じった声。もはや、それは人外のものであろうことをうかがわせる。
「地上に正当なる支配者を――」
その声が途切れていくと同時に、五つの人影がのそりと立ち上がった。暗黒の中にあって、さらに暗黒と形容するに相応しい影は、そのまま音も無く佇んでいた。
あとがき
終わりました。エーベルランド記【統率者】
だいぶ謎も深まってきたように作者としては感じております……自分だけかな? まあ、今回の話では、新キャラクターを出したいがために多少横道にそれましたね、イーニアス君には申し訳ないです。ですが、その甲斐あって、なかなかに作者のお気に入りキャラクターであるミナ嬢を、重要な位置につかせることができそうです! いやぁ、ほんと、イーニアスの部分削っても書き上げた甲斐があった。なんて、くだらないことを平気で思っておるしだいであります。
さて、次回はトールの過去に触れたいと思っていますが、また横道にそれるかもしれませんねぇ。なんとか、章を減らして、読みやすいようにはしたいですね。トールは使いやすいキャラなんで、フェイトンと同じくらい重宝してます。
と、いうより、JBとガット、このペアがまた……なぜか好きなんですね。なぜか……。そのうち、恋物語でも書くか? なんて、脱線しまくりのビヨンドでした。
あぁ、2楽しみだな。
読んでくださった方々に、ビヨンドより感謝と愛を込めて。