掴まなければならないもの
ロロ様作
第1章
第2章
第3章
第4章
第5章
第6章
第7章
第8章
第9章
第10章
第11章
第12章
第13章
第14章
第15章
第16章
第17章
第18章
最終章
ロロ
高所恐怖症
ハンマーや大剣が重くて持ち上げられない。
釣り大好き
アイテムが釣り餌でいっぱい。
飛竜を見ると腰が抜けて動けない
ランゴスタを蚊と間違える
カンタロスをゴキブリと間違える
ランポスにすらビビりまくる
アイルーと戯れまくる
そんな完 全 無 欠 の ダ メ ハ ン タ ー 。
―――――でも。
俺だって最後には掴まなくてはならないものだってあるんだ―――。
街の市場を、一人の若いハンターが上機嫌で歩いていく。
ハンターにしては随分、線が細い青い髪のハンター。
それでも、腕と脚部だけのランポス装備と腰のサーペントバイトが
ハンターである事を主張しているようだった。
目当てである食材屋に足をとめると、ハンターは笑顔で店員に話し掛けた。
「よッ。今日も大漁だったぜ〜♪」
そう言って、上機嫌の原因を店員の前に広げてみせた。
ハリマグロ、バクレツアロワナ、サシミウオ、キレアジ・・・
たくさんの新鮮な魚たちだった。
「おや今日も釣りばっかかいミズチ。まあこっちとしては食材の日も
近いし、いいんだけどね。はいよ、今回の分」
ミズチは、まあねと苦笑いしながら店員から魚の代金を受け取った。
「アンタもハンターなら、もう少しランポスでも狩ったら・・・」
そう言いかけた店員の言葉をさえぎってミズチが言った。
「いーじゃん。そんなんハンターの自由なんだろ?ココットの村長だって
お前次第だって言ってたし。」
「そんな事言って、本当は怖いんだろ?」
「そ、そんなことない!べべべべ・・別にそんなことは・・」
「動揺しまくってるじゃないか。」
「あーもおー、いいから!じゃ、また!」
店員から半ば逃げるようにミズチは市場の道に走り去っていった。
「ホント、あの子はなんでハンターなんかになったのかねえ・・。」
それは、ミズチを知る人間の誰もが抱く疑問だろう。
実際、ミズチが極度のビビり屋なのは事実である。
そんな彼がなぜハンターなのか。
そもそもハンターなどという無謀なものに何故なろうと思い立ったのか。
彼以外誰も知らなかった。
第2章
なんで皆して狩りのことばっかなのさ・・・・・
うつむき加減にぶつぶつと呟きながら、ミズチはゲストハウスへと向かっていた。
「何も狩りだけがハンターの生き様じゃないじゃん・・。」
今日は魚もたくさん釣れて上機嫌だったはずなのに、
どうも「たまにはモンスターでも狩ったら」と言われると気持ちが沈む。
自分だって最初はあるモンスターを探していた。
そいつを狩る目的でハンターになった。
だが、あまりに無謀すぎた。
モンスターを目の前にすると、どうしても足がすくむのだ。
たとえそれが、比較的モンスターの中でも小型のランポスであっても。
しかも探しているモンスターの情報は名前と大型の飛龍ということだけ。
ランポスにすら足がすくむ自分にそんな得体の知れないモンスターを
相手にするなどできやしない。
そして今は、こんな自分でもかっこ悪いと思うほどの言い訳をしながら釣りに明け暮れている。
時折、ココット村よりさらに南の辺境の故郷の村に住む母にサシミウオと手紙などを送りながら。
ミズチはため息をはくと、ゲストハウスに入った。
さっさと唯一のベストフレンド・ぷぎー君(個室のブタの名前)と
戯れて寝てしまいたかった。(友達いねーのかよ。)
部屋の受付をしようとしたときだった。
「やっほー。ミーズチー?」
後ろからミズチよりいくらか大人びた女性の声が聞こえた。
ああ、そういえばこの人も多分友達だったなあ・・と
自分自身の思考に訂正をいれながら振り向いた。
「なんの用さ、リオ姉・・」
「なによそのテンションの低さ・・?」
紅い髪にレウス装備の、ミズチより6つ程年上の女ハンター・リオ。
龍刀・紅蓮を使うかなりの腕前のハンターだった。
ミズチは『リオ姉』と呼んでいる。
一族が代々有名ハンターの家系なので、このリオという名も
飛龍リオレウスからとったものらしい。
「まあ、確かにおっかないよなあ・・」
「なんか言った?」
思わず考えをもらしてしまったミズチを紅い涼やかな(というより冷たい)
瞳で見る。
「イイエナンデモアリマヘン。それより・・何の用さ。」
「何って・・・今日中にって頼んでたサシミウオ5匹と火龍の鱗交換しにきたのよ。
アタシも今日レウス急いで狩ったんだからー。大変だったよ・・
今日は久しぶりにソロだったからさあー。死にかけたわ・・」
ふう、と今日の激戦を思い出すかのようにリオが目を細めた。
が、ミズチはそんなこと気にする余裕もなく、冷や汗をかいていた。
リオから頼まれていた事などすっかり忘れていた。
今日釣ったサシミウオはすでにミズチの懐の金となっている・・・。
「ごめんリオ姉・・・・」
「え?」
「忘れちゃってた☆」(汗)
瞬間、ゲストハウスの空気が殺気で凍りついた。
第三章
「いひゃい、いひゃっては!ちょっひょ!」
リオに情け容赦ない力で頬を引っ張られながらミズチは
ずるずると引きずられるように酒場へとむかっていた。
リオの方がいくらか背も高いので抵抗のしようがない。
「まったく!何が忘れてたよ!今日の私のがんばりはなんだったのよ!?」
たしかにサシミウオに命を懸けるのもどうだろうか。
「ひゃあ、ひぶんでつれはいいひゃん・・・・。(汗」
「黙れへっぴり腰。あたしは待つのが嫌いなのよ。」
酒場に入ると、リオはミズチの頬をひっぱったままクエストの受付へと向かっていく。
まわりの視線が痛々しい。
「・・・りおねえ?なんへ、くえふと・・・?」
そう言ったミズチの頬からリオはやっと手を離した。
クエストの受付手続きをしているリオの後ろでミズチはひっぱられていた頬をさする。
「あーいでー・・。思いっきりやるんだもんなー・・」
手続きを済ませたのか、リオが振り向いた。
「よし!手続き完了!さあミズ・・・」
「あ、終わったの?じゃあがんばってさようなら!!」
「待てやクソガキ。」
酒場から猛ダッシュで逃げようとしたミズチの首根っこをリオが捕らえた。
「いやー!いやー!離してー!!(汗」
「大丈夫よ。ただの簡単な討伐クエストだし。アンタも来なさい。」
必死で抵抗するミズチにリオが言った。
「簡単って・・・ケルビの討伐とか?」
「ケルビ討伐してどうすんのよ。イャンクックよ。クック。
さすがにクックぐらいは倒したことあるんでしょ?」
沈黙。
「だれかあああああああ!!助けてええええ!!(涙」
やばいくらい必死になって暴れるミズチの頭にリオの拳が直撃した。
「おごっ!!」(痛)
「アンタ・・・クックも倒した事ないの?!」
ハンターが初めて討伐する基本中の基本とも言える飛龍・イャンクック。
それすら倒したこともないのか。
「だってオレ釣りと採集しかやったことねーもん!」
その後、紅い髪のハンターが蒼い髪のハンターを引きずりながらクエストに
出かけたのを見た者がいるという。
第四章
―――ジャングルのベースキャンプ
「けむり玉持った?」
「うん」
「ペイントボールは?」
「持った」
「回復薬も?」
「持ったよ」
「ハンカチとティッシュは?」
「あ、忘れたっ・・・て意味あんのそれ!?」
「ある訳ないでしょノリつっこみ少年。」
クック討伐の前にミズチの持ち物点検をするリオ。
そう、まるで出かける子供に忘れ物がないか声をかける母親のごとく。
「ところで・・・あんた、討伐クエストどのくらいやった事ある?」
「へ?ランポス討伐なら一回・・。リタイアしたけどね☆」
明後日のほうをみながらミズチが爽やかに断言する。
コイツほんとにハンターとしてやる気はあるのか、とリオは思った。
「・・・・・・わかった、行きましょ・・」
「え、オレここで待ってるんじゃないの!?」
「あんた何しにきたのよ一体。さっさと行くわよ」
相変わらずいやだ、無理だ、無謀だと泣き喚くミズチを引きずりながら
リオはジャングルへと足を踏み入れた。
ベースキャンプからジャングルへ入ると、すぐにランポスたちの
群れに出くわした。
「わーーーー!!わーーーーー!!リオ姉ランポスがああああ!!(泣」
「騒ぐなバカ!!これぐらいで何ビビってんの!!?(汗」
ハンターならば普段見慣れている位のランポスに半泣きのミズチ。
おかげでミズチの声に反応したランポスたちが走りよってくる。
「リオ姉!!食われる!!食われるッて!!(泣」
「うっさい少し黙ってなさい!!」
「ごふ!!(殴」
異常なまでに騒ぐミズチを拳で黙らせランポスたちを相手に
することなくエリアを移動した。
「はあー・・・はあー・・・」
「何こんくらいで息切らせてんの。」
モスが隣でキノコを探して歩き回っているのも気にせず、
ミズチは地面に手をついて息を整えた。汗だか涙だかわからない物も
地面に滴り落ちる。
「なあリオ姉・・・・」
「ん?」
「僕もう帰りたい。」
「だめ。」
嫌がるミズチを連れてリオはエリア2へと移動した。
ジャングル特有の熱帯の鳥のさえずりの中に、明らかに
異形の声が混ざり、響いている。
リオたちは茂る植物の中を進んでいく。
「やっぱりここか・・ってミズチ・・。なんでこっからもう
しゃがんで歩いてんの?まだ普通に歩いてても・・」
「いや、こ・・腰が抜けて・・・・」
よくよく見るとしゃがんでいると言うより這っているように
見える。
「―――・・・」
無言でリオはミズチの首根っこを持って立たせた。
「いい?クックの姿が見えたらまず、けむり玉を投げて」
「・・・オレが?」
「あんたが。」
説明を聞き、すさまじい不安にミズチはかられた。
だが玉を投げるくらい大丈夫だろうと、なんとか自分を落ち着かせた。
クックの鳴き声が近くなり、しゃがんで熱帯植物に隠れながら
進んでいく。もちろん足はがくがくだ。
――――ふと、ミズチの目の前を白い虫がかすめた。不死虫だった。
オレがそいつの鱗、とってくるから
街に行けば、ハンターの中でそいつの居場所知ってる奴だっているさ
だから、母さんそれまで
「・・・・・ちょっと、ミズチ?」
「え?あ!?何リオ姉!?」
「何ってぼーっとしてたから・・・ほら、クックよ・・。」
故郷のミナカゲ村を出たときの事を思い出していたミズチが
我に帰ったとき、少し先にははじめて見たイャンクックがいた。
「ピッ・・・ピンクッ・・・!!」
名前だけで想像していたよりもずいぶんファンシーな色である。
「さっさとけむり玉投げて。」
「リオ姉投げりゃいいじゃん・・・」
「いいからさっさと投げろ」
しぶしぶとアイテムポーチから玉をミズチは出した。
まあクックの目の前じゃなくても広範囲だから大丈夫だろうと
気楽に思い、腕をふりかぶる。
「ていッ!」
ぽて。
ミズチ・アクエリス、投球距離3m。
「もっと近くまで投げなさいよ普通に!!(汗」
「すんまそん。」
着弾した玉がはじける。
ぽふん、ふわーーーーー・・・
なぜか黄色い煙が放たれた。
「くっさ!!」
「あ、やっべー!こやし玉なげちった!!(汗」
鼻をつまみながらリオがミズチを無言でひっぱたく。
イャンクックがこやし玉のにおいから逃れるように
羽ばたき、エリアの外へ移動した。
「ああチクショウ!!追うわよ!」
「えー。追うのー?」
エリア3へぐったりしたミズチをひきずりながらリオは戻った。
クックが羽ばたきながら地面に降り立ったのが見える。
「今度はあたしが投げるわ・・・。心配だしね・・。」
けむり玉を持ったリオがミズチに言い、腕をふりかぶる。
「ま、待った!」
ミズチがリオをとめる。
「何よ?」
「く・・くしゃみでそう・・」
「え?!我慢しろ気づかれる・・!!」
「わ・・わかった・・」
リオがけむり玉を投げる。
・・・・が、ほぼ同時に。
「・・・ッくしょい!!!」
「クギャアアアアア・・・・!」
クックがリオとミズチの存在に気づき、声をあげた。
その半瞬後にけむりが広がった。もう気づかれた後ではけむりの効果はなくなる。
「リオ姉・・・鼻水でた・・。やっぱティッシュ意味あっ・・」
「ああもうすすれ!!斬りこむわよ!!(怒」
第五章
ミズチの故郷、ミナカゲ村。村のすぐそばに美しい
澄んだ水の大きな川が流れる、ココットよりさらに南の
辺境の村。初夏の明るい日差しに川が光を躍らせている。
川で魚をとる男たちが今日も網の準備をはじめていた。
カタリと音を立てて、白い木の家の窓が開け放たれる。
「ああ、いい天気だこと」
澄み渡る青空を見て、窓を開けた中年の女性が言った。
「ほらナガレ。見てみなよ・・・と、ああ手紙読んでたのかい」
ナガレと呼ばれたベッドから半身を起こした女性がふと手紙から顔を上げる。
「ええ・・・。あの子のいる街もこんな天気なのかしらね・・」
窓を開けた女性より穏やかで落ち着きのある顔が微笑んだ。
ミズチとよく似ている。
ひとつに縛った蒼い長い髪が風に揺れた。
ベッドの上に広げられた手紙はミズチからのものだった。
10通以上ある手紙には少し下手な字で街での生活のことなどを
つづってある。
「ねえ、ツユ。ミズチは・・・。本当に元気かしら・・・」
頬に片手を当て、ナガレは眉を寄せた。
それを見て、ナガレの近所に住むツユは勝気な明るい顔で言った。
「あたしに聞かれてもねえ。たしかにあの子、別の意味でウソつき
だからねえ・・」
子供の頃ナガレに心配をかけまいと、夏の川辺の流木で足を怪我したにも
かかわらず、怪我を隠して『なんでもないよ』と笑っていた。
もちろんその事をナガレは知っていたためすぐに医者に見せたが。
「そうだ、返事を書かなくちゃ・・・。」
ベッドの上を横に通る長い木の台。その上にあるペンを取った。
が。
一度取ったペンが指からはずれ、台の上を転がった。
「・・・!!」
ツユが目を見開く。
ナガレはペンを取った時のままの形で動かない手を見つめた。
少しして、ぎしぎしと音をたてるようにかろうじて指を動いた。
「ナガレ・・。もう、右手まで・・・」
ツユが震えた声をだした。
「私は・・・どうなってもいいのよ・・・。ただ、ミズチが・・!
私の子が危ない目にあってるんじゃないかと・・・!」
ナガレが硬い右手を押さえながら言った。
ツユがそれを聞き、ナガレに言った。
「バカね・・。あんたが死んでもいいなんて言ったら・・・。あんたのために
ハンターになったミズチはどうなるのよ・・・。」
顔を伏せるようにツユは続ける。
「ミズチは父親のシグレだって同じ病気でなくしてるのに、あんたまで
死なせる事はできないのよ・・・。あの子確かに度胸はないけど、この村で
一番親思いの子なんだからね・・・。」
・・・その飛龍の鱗あれば、母さん助かるんだな
名前がわかれば、こっちのもんだよ。
大丈夫だから、母さん本当にそれまで
死なないで。
【第6章】
「いよっしゃあ!!リオ姉援護するぜ!!クックめ覚悟しろ!!」
そう言いながらクックに草陰から石ころを投げまくるミズチ。
「意味ない援護はやめろ!!当たってないし!!(怒」
ミズチの投げた石ころはすべてクックの手前にたまっている。
そしてその投げた内一個の石ころが偶然リオの頭に直撃した。
「!!(汗」
次の瞬間、ミズチが龍刀紅蓮の柄の部分で思いっきり殴り飛ばされていった。
『・・・・・もう帰っちゃおうかな・・・・・』
目の前で展開される事にイャンクックはそう思った。
だが、リオの龍刀・紅蓮がそれを阻む。
横殴りの斬撃がクックを襲い、クックの鳴き声が響いた。
「ミズチ!!いつまでもそんな遊んでないでアンタも戦いな!!」
殴り飛ばされた勢いでエリアを流れる川に頭からダイブしたミズチが
ずぶ濡れで川に入っている。
「いや・・・遊んでるってか・・・リオ姉がやったんでしょ・・・」
「黙れいいからさっさと来い。」
ミズチがしぶしぶ陸に上がった時、クックが羽ばたいた。
「チッ・・・!」
リオがその風圧を足を踏み込んでやり過ごしていると、隣を
何か青いものがころころ悲鳴を上げながら転がっていった。
続いてバシャーンという水音。
後ろを振り返るとミズチが川の中で
「くそっ!!なんて風圧だ!!」
とマジ顔でほざいていた。
クックがコイツなら完璧に弱い!!と判断したのか、ミズチのところへ飛んでいく。
「っわああああ?!!リオ姉!!見てないで助けッ・・・!!!」
「がんばー(棒読み」
クックのついばみがミズチを襲う瞬間、ぎりぎりで川から
這い上がりなんとかかわす。
ついばみが水面に飛沫を上げ、クックの後方へ回避したミズチに
攻撃のチャンスができた。
震える手でサーぺントバイトを腰から引き抜くとミズチはクックに
斬りつけた。しかし、クックの尻尾がミズチを打ち、引き離す。
「のわッ・・!!」
ゴロゴロと転がったミズチに追撃の火球が放たれた。
腕に灼熱の欠片がかする。もう一度放たれた火球を転がって
緊急回避し、体勢を整えた。
前を見据えると、クックがミズチ目掛け疾走してきた。
「うわあッ!!」
横へ走り、クックの体当たりをかわす。半瞬前までミズチがいた所に
クックの巨体がなだれ込んだ。
全力で走ったためうまく止まれなかったのか、クックが勢いで
地面に倒れこむ。
無防備になったクックにミズチが連続で斬撃を食らわした。
クックが体勢を立て直し立ち上がる。
「ひ・・・・・!!」
クックの巨体のすぐしたに移動していたためかミズチは
その威圧感に息をつめた。
再び羽ばたこうとしたのかクックが声を上げ、上半身をそらした。
無防備・・・・?!
恐怖の中そう判断したミズチはサーペントバイトを振り上げる。そして,
クックが羽ばたく瞬間、クックの腹部へ振り下ろした。
「っやあああああ!!!!」
最期のクックの断末魔で耳がおかしくなりそうだった。
へたりとその場へ座り込むと、心臓がおとなしくなるまで
何も発せられなかった。
「・・・・・・・・リオ姉・・・」
最初にそう呟くと、後は喜びが勝手に言葉になっていた。
「リオ姉ーーーー!!オレ!!クック倒せたよ!!リオ姉!!」
いまだに震えが残る手を上げて、恐怖から解放された安心感で
涙がにじんでいる瞳を拭う。
そして、リオの姿を探した。初めて飛龍を倒せた喜びを
ただ伝えたかった。
が。
「あーよかったねー(棒読み」
喜びを伝えたかった紅い髪の姉貴分は、生肉をくるくると肉焼きセットの
上で焼き、明らかにミズチより肉の焼き加減に集中していた。
「・・・・・・・・」
「ん?どしたの。」
力なく地面に手をつけ震えながらうなだれるミズチから、
嬉し涙以外の涙がながれていた事をリオは知らない。
【第7章】
「っはあー!!やっぱクエストの後の酒は最高ッ!!」
「・・・・・・」
かなりの大きさのジョッキを飲み干し、リオが言った。
その向かい側の席でテーブルに頭を突っ伏してしるミズチ。
「んー?どしたのそんなげんなりして。」
「ダッテスゴク、ガンバッタノニサ・・・リオネエヒデーンダン・・」
ほんの数十分前、クックをやっとの思いで倒したミズチ。
しかしその時のリオの態度が悲しすぎた。
だからクエストから帰り、酒場に来てもこんなにすねている。
「あーはいはいゴメンね。まあ飲め!」
ズイっと酒の入ったジョッキを差し出され、ミズチはしぶしぶ受け取る。
といっても、あまり飲む気はない。
「なあ・・。リオ姉。」
「ん?」
再びジョッキの酒を飲むリオにミズチが言った。
「リオ姉は・・なんでハンターになった?」
「アタシ?そーだなあ・・・」
リオはゴトリとジョッキをテーブルに置いた。悩むように人差し指を
額に当て、難しい顔をしている。
「個人的な人生の見方になるけど、別に家が代々ハンターだからって
ハンターになったわけじゃないのよ。」
テーブルにあごを乗せ、ミズチはリオを見た。
てっきり代々ハンターだからという理由かと思っていた、
という意外そうな顔である。
「まあ・・・。私が『掴まなくてはならないもの』はハンターの
世界にあると思ったわけね。」
「・・・・『掴まなくてはならないもの』?」
ミズチが聞くと、リオはその言葉の意味を言った。
「何があっても、掴み取りたいもの。手放してはならないものの
事よ。人それぞれだけどね・・・要するに大切なものよ。」
リオが続ける。
「私にとってそれはハンターとしての誇りって事だったの。
誰よりもハンターの高みを目指してみたかったのよ・・・。
アンタもそういうものがきっとあるハズよ。」
「・・・・・・」
ミズチがその話を聞いて、少し自分のハンターとなった目的を
振り返っていた時だった。
「あの、ミズチ・アクエリスさんですか?」
「はっ?え、あ、はい。」
いつの間にか後ろにギルドのメイドが立っていた。
突然声をかけられた事にミズチはどもりながらも答えた。
「届いていた手紙です。一度ゲストハウスに戻られた時に
渡そうとしたのですが・・・」
そういえば、とミズチは思い出した。
リオにひきづられてクックの討伐に行ったんだ・・・と(無理矢理)
とりあえず手紙を受け取りメイドに礼を言った。
差出人を見ると、母の名であるナガレ・アクエリスと封筒に書いてあった。
しかし、ミズチは違和感を感じた。
読めない、とまではいかないが、文字が奇妙に震えたように
なっている。母はこんな字を書く人ではなかったハズだ。
差出人の名前をジッと見つめるミズチにリオが声をかけた。
「中、読んだら?」
「あ、うん。」
ミズチがぎこちなく返事をし、封筒から中の便箋をとりだす。
やはり、文字が奇妙に震えている。以前届いた手紙には慣れ親しんだ
母の秀麗な文字が並んでいたのに。
手紙の内容は、いつものように故郷のミナカゲ村の様子などの
他愛のないものであった。
しかし、最後の一文は、いつもと違っていた。
――――もう、何も送らなくていいからね――――
いつもなら、母はサシミウオなどを送るととても喜んでいたのに。
薬草やサボテンの美しい花などもだ。
震えた字。
最後の一文。
まさか―――。
嫌な予感が頭をよぎったが、すぐに頭をふって自分で否定した。
こんなに早いはずがない、と。
「どうしたの、暗い顔して。」
リオが首をかしげて様子が変わったミズチに言った。
嫌な予感・・・それでも、いつまでも逃げていられるものではない。
「あのさ、リオ姉。オレ、探しているモンスターがいるんだ・・・」
【第8章】
「探してる?なんで?」
またジョッキの酒を飲み、リオが言った。
ミズチは少し起き上がり、テーブルに肘をつける。
それから一つ息をついた。
「不死虫って知ってるだろう?」
「不死虫・・?あれでしょ、千年近く生きるっていう話の。」
うん、とミズチはうなづき、ごそごそといつも持ち歩いている、小さな
小瓶を出した。約8cm程度のそのビンの中には二つの虫の羽が入っている。
一つは白い、不死虫の羽だ。これはリオもすぐに判別できた。
しかし、もう一つはもう一方と同じ形だが、奇妙に黄金色がかかっていた。
酒場の明かりで時折ギラギラと光る。
「・・・なんの羽?それ・・」
ビンの中の黄金色の羽を指し、リオが言った。ふたのコルクをはずし
ミズチはビンの中の羽を二つともテーブルに、ビンを逆さにして
落とした。
「どっちとも・・不死虫の羽だよ。」
「はあ?!不死虫の羽って言ったらこれでしょ?」
白い羽を人差し指でさして、リオがわけがわからないという顔をした。
「このへんでは、やっぱりこの種類はいないんだね・・。」
半分安心したような表情でもあるミズチにリオが尋ねた。
「ねえ、なんなのこれ。亜種かなんかなの?」
こんなギラギラと光る羽は見たことはない。
「それさ・・・。昔は普通の不死虫だったと思う。だけど、いつかは
わかんないけどおそらく百年以上前にあるモンスターの落ちてた鱗の
欠片を食べたみたいなんだ。」
不気味なほどにギラギラと光る羽をミズチはつまみ、目の前でひらつかせてみた。
「それが・・その鱗がどれだけの効力を持ってたかわかんないけど・・。
不死虫はたまたま体がその鱗の効力とちょうどよく馴染むらしくてね。
それが、数百年たって不死虫の体自体を変化させてさらに寿命が延び、
毒をもつようになったんだよ・・。」
「毒?!不死虫が?!」
「針がね、育つんだよ。その鱗を食べると。ずいぶん時間がかかるけど。
それで、不死虫自体もかなり攻撃的になってくる。人間を見つけると
その針でさすんだよ・・。その毒が体にはいると・・。」
少しうつむき加減で目を閉じたミズチが続けた。
「『石硬化病』になる。」
「せきこうかびょう?どんなものなの?」
「不死虫の毒が体の中から筋肉や臓器をかためていくんだよ・・・。
症状がでるのはかなり後みたいだけどね。筋肉からかたまりはじめる。
そのあとはすごく早い。臓器がかたまっていって・・・心臓が、止まる・・。」
リオが言葉を失った。ミズチはまた大きく息をつく。
「オレの母さんも・・・その病気。今日見た手紙の字も・・・変になってた。
もう、はじまっちゃってたんだな・・・。足の指先から上の方へ
筋肉の硬化がはじまるから・・。もう手の指まできてる・・・。」
ここまでくると、リオにもミズチがハンターになった理由が
わかってきた。
「それで・・アンタが探してるモンスターが、その病気を治すものを
持ってるのね?」
「うん。不死虫がたべた鱗の主さ。村長の家にかなり古くてまともに
読めないけど、名前だけはなんとか確認できた。大型の飛龍みたい
なんだけど・・・。そいつの鱗で薬がつくれるらしいんだ。」
リオがこの話で乾いてしまったのどにジョッキの酒を流し込んだ。
それを見ながら、ミズチはそのモンスターの名前を告げた。
「エンシェントサーペントっていうんだ。」
「ッぶふあ?!!(吐」
「うぎゃあああああああああ!!!(泣」
リオがその名を聞き、思いっきり酒をふきだし、ミズチにかかった。
「きっきったねえーーー!!!(汗」
かかった酒をいそいでタオルでふき取るミズチ
「ごっ!がはっ・・!げほッ・・・」
しばらくリオはむせていたが、顔を上げミズチを見た。
「あっ・・あんたエンシェントサーペントって・・」
「リオ姉、知ってんの?!頼むよ!居場所教えてくれよ!」
リオは一息ついて、ミズチに言った。
「・・・その、エンシェントサーペントの鱗しか、助かる方法はないの?」
「ああ!うちの村じゃモンスター自体あまり馴染んでないからどこに
いるかとかわかんないんだよ。リオ姉、知ってるなら・・・!」
リオはそのミズチの半ばはしゃいでるようにも感じる顔を見て、
強く下唇をかんだ。
「ミズチ・・・」
「え?」
「その、エンシェントサーペントは・・・。」
「もう・・絶滅したらしいわ・・・・」
【第9章】
リオが放った静かな言葉が落雷のようだった。
蒼い瞳を見開き、ミズチは呆然と呟いた。
「・・・・絶・・滅した・・・?」
声が震えているのがわかった。手足の先が冷たくなり、
心臓の音が早まる。
リオは動揺するミズチを見ながら、つらそうな顔で話をつづけた。
「・・・化石が見つかった地層も、数百年前のものよ・・。
過去に存在していたことは確かだけど・・・今は・・もう・・」
リオのその話も、ほとんど耳に入っていなかった。
ミズチは冷たい汗が額ににじむのも構わず、見開いた瞳を伏せた。p
エンシェントサーペントはすでに絶滅している・・・・。
ということは・・・母は・・もう・・・?
かたり、と椅子からミズチは立ち上がった。リオがかける言葉も
見つからず、ただ立ち上がるミズチをみた。
そのままミズチは酒場から出て行った。
うつむいて、顔は見えなかった。
何も言わず、ただ力無く、片手におそらく最後となる母の手紙を持って。
ミズチがゲストハウスにこもってしまってから四日たった。
リオは仲間とクエストをこなしながらも、ミズチの様子が
気になっていた。
唯一の希望が無くなった今、絶望だけがミズチを襲っているの
だと思うと、リオは痛みをこらえるような顔をした。
何もできず、ただ大切な人の死を待つだけなのがどれだけつらいか。
それはどうしようもない、と簡単に諦められるものじゃない。
今日は、思い切ってミズチのところへ行こうとリオは思った。
たとえ、かける言葉がなくても、何か―――。
「リオーッ?!クエスト行くよー!」
パーティメンバーである薄い紫色の髪のガンナー、レイゼがリオに
叫んだ。リオはいつものように仲間の元へ向かう。
今日ももう半日、部屋の中で終わりのない絶望につかまっていたのがわかる。
ベッドの上でうずくまり、ミズチは胸のなかにぐるぐると果ての無い
思いに堪えていた。
日に何度も、最後に届いた手紙に返事を書こうかと
ペンを持った。しかし、書けるはずもなかった。
父も同じ病気で死んだ。あの時は筋肉の硬化が終わると
一週間であっという間に、父は息をひきとった。
本当に、あっという間に。
幼かった自分は、父がベッドで静かに横たわっているのを見て、いまだ信じていた。
まだ、父さんは生きているんだと。
信じていた、というより、信じていたかった。
まだ、希望があると。
少しずつ、言葉さえもうまく言えなくなった父の姿にどうしようもなく動揺していた。
何も、できることが無いのが、もどかしく、悲しかった。
せめて、母だけは救いたかった。
その思いでハンターになった。
モンスターは確かに恐ろしかったけど、その思いだけは揺らいだことはない。
今度は、今度こそは、希望があると。
しかし。
「絶滅ッ・・・してるなんて・・ッ」
震えと涙がずっと止まらなかった。
他の村人も、この病気で死んでいった人がたくさんいる。
自分が、救ってあげたかった―――。
リオ達は沼地から討伐クエストを終え街へと帰ってきていた。
パーティメンバーとリオは会話をはずませながらも、ミズチの事が
気にかかっていた。
どう言葉をかけようかと。
しかし、途中でその思考は遮られた。
「おい、なんか酒場が騒がしいみたいだぞ・・・?」
仲間の一人が酒場を指差した。たしかに、いつもの賑やかさとは
また違う、不安や疑問のどよめきのようだった。
「行ってみる?」
リオが言うと、他の三人の仲間もうなづき、酒場へと入っていった。
酒場の中では、人々が一人のハンターの男をかこってどよめいていた。
人をかきわけ、リオたちは真ん中で毛布にくるまり、青ざめた顔で
何かを必死に呟いている男の近くへ行ってみた。
震えて、歯がかみ合わないようだが何かを言っている。
そこへ、暖かい飲み物を急いで持ってきたギルドのメイドがリオ達を見つけた。
「あ、ちょうどよかった・・・。クエストから戻って早々ですが、緊急の
クエストをお願いしてもよろしいですか?」
「緊急の・・クエスト?」
リオが言うと、震えていた男が突然叫んだ。
「砂漠がッ・・・雪ッ・・・ばけッ・・!!」
メイドは男に暖かい飲み物を渡すと、付けくわえた。
「クエスト・・というか、調査を依頼したいんです。ギルドから直々で・・。
おそらくあなた方がかなりHRの高いPTだからだと思うのですが・・・。」
「砂漠に、雪がふったそうなんです。」
【第10章】
「・・・・ありえない光景だな、こりゃ。」
「でもここでありえてるけど。」
ギルドからの直接な緊急クエストを受け、リオ達は砂漠へと来ていた。
目の前に広がる光景はあまりに異様だった。
メイドに聞いたとおり。
砂漠に、白い雪が舞っていた――――。
驚くほど、静かに。ハンターの体力を奪うほどの灼熱の大地が
冷気に包まれ、静寂に満ちていた。
メイドから聞いた話では、あの男は仲間と砂漠へクエストに来たとき、
この異変に気づいたらしい。そして、しばらく砂漠を探索していたら、
ある事に気づいたという。
「・・たしかに・・・。モンスターの気配すらないわね・・・。」
レイゼが呟くと、リオと同じ大剣使いのイズミがそれに同意する。
「モンスターがいなくなったっていうのは、まさかと思ってたけど・・・。
ホントだったんだな・・。」
雪は浅く乾いた砂の上に積もっていた。まだ降り始めてそれほど
たっていないからだろう。
「行こう。けっこう報酬金も高いし、さっさと終わらせようぜ?」
黒髪のランス使いのブランクが言う。
しかし、リオは違和感を感じていた。
モンスターは確かにいない。しかし、ひとつだけ、かすかだが
妙なものを感じる。
モンスターたちもその気配におびえて姿を隠したのではないか、と
思っていた。
しかし、気のせいだと思い、リオは仲間と共に歩き出した。
砂漠を歩きながら、ブランクが口を開いた。
「なあー。なんで砂漠のエリア一回りするだけのクエストでこんなに報酬金、
ギルドはだすたんだ?」
「名指しで私達が選ばれたからじゃない?普通制限っていったらHRぐらい
じゃない。」
レイゼが返すと、ああ、そっかとブランクは納得したらしい。
「あのさ、私気になってたんだけど・・・・。」
リオがそう切り出すと、レイゼがリオの方へ顔を向けた。
「なにが?」
「あのハンター、なんであんなに震えてたの?」
「寒さからじゃないか?」
イズミが言うと、リオは否定するように首を横に振る。
「だって・・私達だって今ここにいるけど、あんな青ざめて震える
ほど寒くないわ。それに・・仲間とクエストに行ったはずなのに・・。
あの男だけだったし・・・。」
歩き続けながら、リオは言った。
「何か、あったんじゃないかと思うのよ・・・。それに、あの震えは
寒さじゃなくて、恐怖だったとしたら・・・。」
リオ達は立ち止まった。おそらく、全員一つの推測にいきついたからだろう。
イズミがその推測を口にした。
「・・・つまり、何か異様なものに遭遇したって事か?」
「ええ・・・。多分・・・。それに・・・ッ?!!」
リオの言葉が途切れた。足の下、砂漠の砂のなかで何かが
動いたのを感じた。
次の瞬間、巨大な黄金の鱗をついた尻尾が砂の中から飛び出す。
「みんな!!散って!!!」
リオが言うと、他の三人が別々の方向へ回避した。
「なんだよ、アレ!?」
ブランクが叫んだ。黄金色の巨大な尻尾は、おそらく飛龍のものだ。
ただ、あまりに大きい。ラオシャンロンの尻尾より少し小さい程度だ。
「リオレウスの亜種じゃない!?前にいたじゃない!!」
「あきらかに違うよ!!これは・・・!!」
巨大な尻尾が再び砂に潜る。地響きがする。
砂煙があがり、雪があおられる。
それぞれが武器をかまえる。しかし、レイゼがヘビィボウガンを
かまえる瞬間、レイゼの真下から巨大な背ビレが現れる。そして
刃物のような背ビレがレイゼを襲った。レイゼの悲鳴が響く。
その悲鳴にレイゼを振り返ったブランクは、宙に投げ出された
レイゼを見つけた。
「レイゼッ!!!」
レイゼの名を叫び、武器をしまい落下地点を予測すると、そこへ走る。
「まって!!ブランク!!後ろ!!」
リオがブランクに叫んだ。反射的に振り返ると、目の前にあの
巨大な尻尾が迫っていた。ブランクが弾き飛ばされる。
ブランクが雪が浅くつもった砂漠に倒れこむと、その後ろで
レイゼが地に叩きつけられた。雪に朱色がさしていく。
尻尾が再びもぐり、砂煙がもうもうと立ちのぼる。
「イズミッ!!一度キャンプへ戻ろう!!!」
リオがレイゼを抱え起こしながら言った。
イズミもブランクを担ぐ。
今なら砂煙に乗じて逃げられるはずだ。
キャンプへ向かい走り出す。砂の下で再びなにかがうごめく。
レイゼを抱えて走るリオの後ろで飛龍の頭が砂の中から飛び出す。
恐ろしいほどの咆哮が耳をおかしくさせる。一瞬リオが振り向くと、
飛龍の姿を見た。翼もなく、黄金色の頭にはギラギラと
光る一対の眼がある。むき出しの刃のような歯をもっていた。
ふと、リオは四日前に見たミズチの持っていた突然変異した
不死虫の羽の輝きを思い出した。
あの輝きと、よく似ている。
まさか。
「こいつ・・・・」
エンシェントサーペント――――?!
【第11章】
キャンプまでの砂漠地帯をリオたちは走り抜けていた。
レイゼの傷から血がぱたぱたと雪の上に落ちている。
一度だけ振り向いて見た飛龍は、再び咆哮する。
大地が震えるようなその咆哮は耳に痛みを残した。
「ッ・・!!イズミッ・・あの飛龍・・・ッ!!」
走りながらレイゼを抱え直し、リオはイズミに叫んだ。
先日ミズチが自分に見せた、ギラギラと不気味に光る不死虫の羽。
あの黄金色は、この飛龍の鱗の色と酷似していなかったか。
「まさかと、思う、けどッ・・!!絶滅、種・・じゃない!?」
走っているので言葉が途切れるが、リオははっきりと言った。
ブランクを担いでいるイズミも白い息を吐きながら
うなづいた。
「おそらく・・!絶滅種、かッ・・・!亜種か・・・ッ!」
ベースキャンプへの道が見えてきた。
あと300mほどだ。あと少し。
が。
走るリオ達の目の前の砂が盛り上がる。
砂埃が立ち上ったと思うと、砂の中から巨大な体躯が跳ね上がる。
ちょうど、ガレオスが砂の上に突然姿を現すように。
「ちッ・・・!!」
舌打ちし、リオは砂埃で見えにくい視界の中に黄金の飛龍を見た。
雪をふらせている雲を背にし、その飛龍はリオ達めがけて
落下してくる。
今まで見たこともない体をしていた。
足も翼さえもない。ただ透き通る結晶のような巨大な背ビレがあった。
リオレウスよりも鋭い水銀色の眼光がギラついている。
そして、その巨大な体躯。黄金色の鱗。
だが、今はゆっくりその飛龍を見ることもできない。
リオは片手でレイゼを肩に担いで支え、通常は両手で扱うはずの
龍刀・紅蓮を右手で引き抜く。
普通、片手で持てるような代物ではない。だが、リオは歯を
食いしばり渾身の力を込め、右手で紅蓮を握り締めると後ろに飛び退る。
飛龍がリオが半瞬前までいた所に突っ込み、砂埃を上げた。
そして、その一瞬の停止の隙にリオは右手の紅蓮を重力に
任せて飛龍に叩き落した。
だが、まるで金属同士がぶつかるような音が響き、
弾かれる。
飛龍は何も気にしていないように再び上半身をヘビのようにもたげた。
リオに、飛龍の牙が襲った。
力が抜けた右腕を防具の上からえぐられる。
が、とっさに左へよけたため、肉まで持っていかれることはなかった。
苦痛に顔を歪めながらも、リオはこの状況からの打開を必死に考えた。
雪があおられ、突風がうずまく。
飛龍の鋭い牙がのぞく口から純白のブレスが迸り、首を空へ向けた。
天へ何かを訴えるように咆哮を放つ。そして、純白のブレスが
雪を降らせる空へ放たれた。何かを叫ぶように。伝えるように。
放たれたブレスは雪雲の一点を切り裂き、蒼い空を切り開く。
雪はそれでも降り続け、少しずつ雪をつもらせる。
その天への咆哮に見入っていたイズミとリオは、頬をたたく風の冷たさに我に返った。
とりあえず、眼で合図をすると持っていたけむり玉とありったけの
音爆弾と閃光玉を投げつけた。飛龍がそれに気づきリオ達に
顔を向けた瞬間、閃光玉が爆発した。
微妙な時間差で連続で爆発する光と音、けむりにまぎれて、リオ達は
一時、岩盤がしっかりとしているエリア6の空洞の中へと走った。
「ッ・・はあ・・・はあ・・・。」
ひんやりとした空洞の中で、息を整えながら気を失っているレイゼとブランクを
横たえる。ブランクは一時的な強い衝撃による気絶だろうが、レイゼは
あの飛龍による斬撃で腹部から血が流れ続けていた。
「そんなに深くないけど・・・。このまま血がとまらないとなると
危険だ・・・。どうする?」
イズミが応急用の薬を出しながらリオに言った。
まず、助けを呼びに行こうにも、あの飛龍が砂漠の砂の中を縦横無尽に
動き回っているのならかなり危険だ。
「くそ・・・」
壁に手をつけ、さっきの右腕の傷の痛みにリオは耐えていた。
もう、今の状態では武器を持つことはできないだろう。
どうする。
リオは砂の上に座り込んで考えた。ひんやりとした砂が
全力で走って熱を持った体を冷やしていく。
やわらかい砂に手をうずめると、何かが手に当たった。
ふと、リオはそれに気がつき砂の中を手探りで当たったものを探す。
普段、こんなところで座り込むなどしてなかったから、今まで気づかなかったの
だろう。比較的掘って浅いところにそれはあった。
古ぼけた、湿った紙だった。文字も大分かすれてしまっている。
「リオ・・・?何だ、それ。」
イズミがレイゼに応急処置をすませると、リオの近くまで
歩み寄ってきた。
「・・・モンスター情報か?」
砂を払い、変にしめったその紙に眼をこらして書いてある事を読み取る。
エンシェントサーペント
すでにこの世界からいなくなったと言われる飛龍。
黄金の鱗は鋼のごとく。迸るブレスは灼熱の氷のごとく。
翼も足もない。唯一対抗できる武器はこの鱗からできる
結晶金属でのみできる大剣エンシェントサーペントのみ
だが、その武器さえ、最後の生き残りのつがいの二匹に
よってこの場所に封じられた。
「・・・・やっぱり・・、あいつ・・エンシェントサーペントなの?」
リオがそう言うと、押し黙る。
イズミがまさかという顔で紙を見つめている。
「この地って・・まさか・・・この壁の事か?」
壁に手をつけ、イズミが呟いた。冷気が伝わる壁は、普段ハンター達が
鉱石を掘っている壁だ。
ごくまれに、錆びた塊が見つかる。その塊は工房で加工していくと
エンシェントプレートという大剣になる。しかし、工房では
精製できない金属でできているため、研究対象であると聞いていた。
その、錆びた塊とは、元は大剣エンシェントサーペントではないのか。
精製できない金属というのはエンシェントサーペントの鱗からできる
結晶金属のことではないのかと、イズミはその考えにたどりついた。
では、この壁の向こうには大剣エンシェントサーペントがあるのだろうか。
「・・・・イズミ」
「ん?」
「私が・・助けを呼んでくるわ。」
リオが右腕を押さえて立ち上がる。それを、イズミはあわてて引き止める。
「待てよ、リオも怪我してるだろう?!それに、けむり玉とかも
全部さっき逃げるのに使った。もしエンシェントサーペントがでたら・・。」
「いつまでもこうしてられない。足は無事よ。それに・・・」
そう言ってリオは早く走るため、レウス装備を外す。
「この事を伝えなくちゃいけない奴がいるの。あいつにとって掴まなくては
ならないものは、エンシェントサーペントを倒すことにあるから。」
そう言うと、リオは全力で走り出した。
【第12章】
イズミはリオを追いかけようとしたが、砂地に寝かせた
二人の仲間のことを思い出した。今おそらくまともに
動けるのは自分だけだ。もしエンシェントサーペントや他の
モンスターが現れた時、自分が全力でレイゼとブランクを
守らなくはならない。そう思い、イズミは踏みとどまる。
もしかしたら、リオが助けを呼びに言ったのは正解だったのかも
しれない・・・。しかし、リオがエンシェントサーペントに
遭遇したら大変な事になる。
そんな考えを浮かべていると、ブランクのうめきが聞こえた。
「ッ・・・く?イ・・・ズミ?」
ひじを砂につけ、かるく起き上がったブランクは周りを見回した。
ひんやりとした空間と周りの壁でここがどこだかわかったらしい。
「ブランク・・。動けるか?」
イズミが言うと、ブランクはうなずき立ち上がる。少しふらついたが
どこも骨を折ってはいないらしい。
「そういや・・・レイゼは?!」
バッと思い出したように隣に寝ていたレイゼを確認した。
腹部にまかれた包帯に血がにじんでいる。
「今、リオが助けを呼びに行った。あの飛龍・・・エンシェントサーペント
は俺たちが太刀打ちできるような奴じゃない・・。」
「はあ?!エンシェントサーペント?!もう絶滅しッ・・・」
言いかけたブランクにさっき砂の中から見つけたモンスター情報をイズミが
ずいっと目の前に突き出す。
「・・・・・まじかよ・・・」
ブランクは差し出されたモンスター情報を受け取り、中に書いてある
事をよんだ。黄金の鱗、氷のブレス。翼も足もないあの姿はまさに
この文章に書かれている姿ではないか。
「リオも腕をやられた・・・今は武器ももてない・・・」
「な・・・!?でも、あいつ助けを呼びに行ったって・・武器もなしでか?!」
「それで、だ。その文章に書いてあるだろ?大剣エンシェントサーペント。」
イズミはそう言うと冷気の伝わる壁に手を当てた。
「ここ、掘るぞ。」
「掘る?!ピッケル持ってねーよ?オレ。」
ブランクが言うと、イズミは置いておいたブランクのドラゴンランスを持つ。
ブランクは何をされるか思いあたった瞬間、すでにそれは始まった。
「おおおいっ!!!?やめ・・・・!!」
どごおおお・・・・・んん・・・・
砂漠を抜け、リオは街への道を全力で疾走していた。
幸いな事にエンシェントサーペントには会わなかった。
鉛色の空から零れる薄日は西へ大分近づいていた。
じきに黄昏にそまるだろう。
雪はすでに止んでいた。街へ近づいたからだろうか。
右腕に痛みが走った。
痛みで足の力が抜ける。
ばたりと倒れこんだリオは腕が血を流すのもかまわず
再び走り出す。
まだミズチは部屋で絶望にくれているのだろうか。
このことを伝えたら、ミズチはどうするだろう。
いざ戦うとなったら。自分の右腕ではサポートはできないだろう。
それに、母のためならば、ミズチは恐れも忘れるか。
そんな事を考えながら、リオは街へ走り続ける―――。
そのころ、ミズチは少しづつ荷物を整理しはじめていた。
もう、母は助からない。ならばせめて、最期の瞬間までそばに
居たい。ミナカゲ村に戻るつもりだった。
でも、恐れも感じていた。
いざ母を目の前にしたら、その死にゆく姿を見ていられるか。
何もできない自分にさらに劣等感を感じるだけなのではないか・・・。
父の時と同じ、あのどうしようもない恐れと不安に。
息をひとつ吐くと、まとめた荷物をベッドの上に置いた。
自分もベッドによりかかり、ゲストハウスの低ランクハンターに
貸し出される質素な部屋の天井を見上げた。
エンシェントサーペントは絶滅していた。
そう言ったら、母はどんな顔をするのだろう。
悲しい顔をするのだろうか。
それとも、そうと呟いて優しい眼差しで見つめてくるだろうか。
目を閉じ、そんな思いをめぐらせていると、また震える息が
こぼれた。
しかし、ふとドアが乱暴にノックされいるのに気づいた。
「・・・ちょっ・・あけ・・・」
何か声もするが、ミズチが声を出す前に。
「あけろっつってんじゃこのクソガキャーーーッ!!」
がらんがっしゃあああああああんんんッ!!!
「うわあああああああああ?!!」
血と砂まみれになったリオがドアを叩き割った。
「リ・・・リオ姉!!?なんでそんなボロボロで・・!!」
ぜえぜえと息を切らしながら、リオは血を流し続ける右腕を
押さえて立っていた。一歩部屋に踏み込むと、そのまま倒れこんだ。
「なんで・・・すぐ開けないのよ・・・!無駄な・・・体力・・・
つかっ・・・たじゃない・・・・」
「ご、ごめん!待ってて!今誰か呼んで・・・」
「待て!!」
ドアから出て行こうとしたミズチの足をリオがひっぱる。
「へべっ!!!」
ゴン!!と派手な音を立て、ミズチが転んだ。
「いってえ・・・。なんだよリオ姉ぇ・・・?」
叩き付けた額を押さえながらミズチが振り返る。
リオは息を整えながらミズチに告げた。
「助けなら・・・呼んだわ・・・。ミズチ・・・砂漠に・・・」
「エンシェントサーペントがでたわ・・・・。」
「え・・・・?!」
ミズチが目を見開く。
「リオ姉・・・本当!?絶滅、したんじゃ!!?」
「わからない・・・でも、モンスター情報が見つかって・・・。
私たちも・・・見たの・・・・。」
それを聞いた瞬間、ミズチはサーペントバイトを持って、ゲストハウスの
部屋を飛び出した。
【第13章】
人間というのは、必死になると他の事はまったく考えなくなる。
今が、その状態という事か。
ミズチは雲の間から零れる夕陽の色の中を走っていた。
目指すは、砂漠。
ゲストハウスの部屋にこもっている時も、部屋の外で
かすかにリオ達が雪のふる砂漠へ向かった事がききとれていた。
ただ、あの時は絶望でそんな事、まったくミズチには関係なかった。
走る事であがる息も、ばくばくと鳴る心臓の音も、今では
何も関係ない。
無意識に少しづつ気温が下がってきてるのを肌が感じている。
薄く、鈍い夕陽はちらついてくる雪を透き通っている。
寒さも、恐怖も、今は感じていない。
いや、もしかしたら恐怖はあるのかもしれない。
でも、それは
母の命が消える時の、恐怖。
雪の降る砂漠が、近づく。
「お前っ・・・!!お前、オレのドラゴンランスがあ・・・」
何度も硬い壁に突進をしたことで、だいぶ先端がかけてきている。
とっくに持ってきた砥石は使い切ってしまっていた。
ブランクはひたすら壁に突進を繰り返すイズミを真っ青な顔で
呆然と見ている。
やがて、最後のひび割れた岩が、がらりと崩れ落ちた。
1.5m程度に集中してあいた穴には、氷の壁が続いていた。
薄ぼんやりと、厚い氷の壁の向こうに影がみえる。
「やっぱりな・・・。」
イズミはそう言うと、ドラゴンランスを地におろした。
すでに先端にヒビも入っている。
「おまっ・・おまえ・・・結構ダークだなオイ・・・」
ぼろぼろになった自分のランスを見ながら、ブランクが力なく言う。
そんなこと微塵も気にせずイズミはレイゼのボウガンを持ち出した。
穴に向かい、ボウガンを構える。
装甲榴弾を装填し、穴へ打ち込んだ。
穴のなかで爆発が巻き起こった。
「っげほ・・・!げほ・・!おい〜・・・。けむい・・」
爆発で生じたけむりにブランクがせきこむ。
「あんまり騒ぐなよ。エンシェントサーペントに見つかるだろ。」
「お前の方がよっぽどさっきからうるせえよ!」
地団駄を踏みながらブランクがイズミに叫ぶ。
が、またもやイズミは軽く受け流し奥行きが深くなった
穴に手をのばした。
穴に身を乗り出して軽く中を見る。
まわりの氷がひんやりとした冷気を流している。
そして、その奥。
「ブランク。」
「んだよ。」
あまりにもイズミの破天荒な行動にそろそろ不機嫌になったブランクが
ぶっきらぼうに返事をする。
「中、見てみろよ。」
くいっと、親指で穴をさすイズミ。
ブランクは、言われるままに穴に頭をいれて、氷の壁のおくを
覗いてみた。
冷気につつまれ、奥にあるもの。
「なッ・・・・?!!」
ブランクが思わず声をあげた。
静かに冷気につつまれていたもの。
それは、氷付けのエンシェントサーペントの頭と。
黒ずみ、固まった血がこびりついた、その牙がくわえる大剣。
蒼みがある翡翠色の、透き通るような刃。
大剣エンシェントプレートに似ている。だが、刃は
完全だった。
「これが・・・大剣エンシェントサーペント?!」
【第14話】
冷気につつまれた大剣エンシェントサーペントは、その巨大な
牙にくわえらていた。
「・・・最後のつがいのエンシェントサーペントに封じられたってのは
この事だったのか・・?」
大剣をくわえる巨大なエンシェントサーペントの頭を見ながら、
ブランクが言った。
イズミはうなづき、レイゼのボウガンに再び弾を装填しながら
答えた。
「おそらく、今はその一匹の方の頭しか見えないけど・・。
このエリアは昔はもっと広かったんだと思う。さっき、
エンシェントサーペントが砂の中からでてきただろ?」
話しながら、装填を終えたイズミが穴にボウガンを
構える。今度は、慎重に。大剣を傷つけないためだ。
「多分、この砂漠には地下水があるんだろう・・・。地底湖もあるだろ。
もともと広かったこのエリアの奥にもおそらく、水辺があったんだと
思う。エンシェントサーペントは冷気のブレスをはいていた。
大剣エンシェントサーペント自体もそんなに数は無かったんだろうし・・。
予想としては、つがいのどちらかが最後の大剣をくわえて、もう片方が
岩を崩して、人間を立ち入れないようにして・・・。自分たちの
体ごと冷気のブレスで凍らせ、大剣を封じたんだろうな・・・。」
イズミはそう言うと、穴の奥の大剣をくわえている牙に弾を
撃ち込んだ。
爆発が生じ、けむりが舞い上がる。
「でも、この奥で凍って死んでるのが最後の生き残りだったなら、
あのエンシェントサーペントは・・・。」
ブランクは言いかけた瞬間、ひとつの予想が浮かんだ。
「まさか・・・。」
「子供なんだろうな・・・。」
イズミが言った。
先ほど、イズミとリオが見た、エンシェントサーペントの天への咆哮。
それは、本能的な自分の両親への想いだったのかもしれない。
「・・・よし、出すぞ!」
何百年も前から凍っていた牙は、かなり衝撃にもろくなっていた。
イズミは大剣の柄に手をかけると、力任せに引き抜く。
雪が静かにふりしきる。夕陽が雪を薄く染め上げた。
息をととのえながら、ミズチはベースキャンプから砂漠地帯に目を
向ける。
気配は無く、エンシェントサーペントはどこにいるのかわからない。
焦りが舞い落ちる雪と同じよにつもってゆく。
ほとんど勘で、砂漠地帯へとミズチは走り出した。
浅く降り積もった砂漠の雪は、走るたびに砂と一緒に舞い上がる。
ミズチは一旦立ち止まり、周りを見回す。
自分自身の鼓動の音と呼吸音を邪魔に感じながら、必死に
気配を見つけようとした。
ただ砂漠には静寂だけが満ちている。
しかし。
その静寂を破る声が響いた。
「おーーーいッ!!」
その声がするほうをミズチは振り向いた。
砂漠の岩穴の入り口。確かエリア6といわれている場所がある。
その入り口に、手を振った青年が立っていた。
その青年の手に、何か握られている。
ミズチは、青年に走りよる。
自分より頭ひとつ低いミズチを見ると、青年は言った。
「きみ、リオが言ってた奴?」
ミズチが目を軽く見開く。
「リオ姉が・・・?まあ、そうですけど・・。」
イズミはリオが無事に街に着いたことがわかると、ほっと息をついた。
「名前は?」
「ミズチ。ミズチ・アクエリス。」
ミズチ、と青年は口の中で呟くと、首を軽くかしげながら
言った。
「きみ・・・もしかしてミナカゲ村生まれか?」
「え?うん。そうだけど・・・・。何でわかるんだ?」
やっぱり、という顔で青年は自分を親指でさす。
「名前だよ。ミナカゲの名前ってそんな感じだしさ。
それに、オレも生まれはミナカゲ村なんだ。名前は
イズミ・フロスティ。小さい頃街に移ってきた。」
イズミがそう言うと、ミズチははっとしてイズミにたずねた。
「エンシェントサーペントは?!オレの母さん、そいつの
鱗がないとッ・・・!!!」
「・・・・石硬化病か。」
「・・・知ってるんですか?」
少しうつむき加減にイズミは答えた。
「オレの両親もそれで死んでさ・・。じいちゃんがオレまで死なないように
街に移ったんだ。まさか、エンシェントサーペントの鱗が薬に
なるなんて・・・。まだ、オレの仲間も万全じゃない。オレは
ここを離れるわけにはいかない。だから、ほら。」
イズミは、手に握っていた大剣を差し出す。
蒼と翡翠色が混じる透ける結晶のような刃だった。
「これ・・・・。」
「大剣エンシェントサーペント。これしかエンシェントサーペントに
対抗できる武器はないんだそうだ。」
「で・・でもオレ大剣は重くて持てないんデスガ・・・(汗」
イズミはかまわず、ミズチに大剣エンシェントサーペントを
差し出す。不安になりながらも、ミズチはそれを受け取った。
が。
「え・・・?!軽い?!」
片手剣より少し重い程度だ。薄い夕陽の光が刃を透き通る。
「オレも重いかと思って力かけて引っ張ったら拍子抜けだったよ。
でも、切れ味は最高だ。
・・・あいつの気配が消えた。おそらく、岩場地帯のあたり・・。
もしかしたら、地底湖かもしれない。」
エンシェントサーペントは魚竜目にはいる。
ならば、あの巨体が活動できる水辺といったらあそこぐらいだ。
「・・・・ありがとうございました!!」
そう言い残すと、ミズチは地底湖にある方角へはしりだした。
【第15章】
背中の大剣・エンシェントサーペントは、蒼と翡翠の透き通る色に
さらに夕陽の淡い光をさしていた。
雲の切れ間から零れ落ちる薄い夕陽で、浅くつもった雪が
かすかに照らされる。
砂漠から岩場へ抜け、静か過ぎる空気が満ちる地底湖へ向かう。
結晶金属の大剣は、まったく走る事の支障にはならなかった。
驚くほど、軽い。
降り積もった雪に足跡を残しながら、ひたすらミズチは駆けた。
母を救う、唯一の希望であるエンシェントサーペント。
村長の家に残っていた古い本に描かれていた姿は、かすんでしまっていた
けれど、そのぼんやりとした輪郭はかなりの大きさだった。
実際、この時ミズチは冷静だったとしたら、動く事もできなかっただろう。
人間の命を簡単に消せる飛竜に、並の人間以上ミズチは恐怖を
感じていた。
でも、今は恐怖など、どこかへ行ってしまっていた。
「っはあ・・・はあ・・・・。ここ、か・・。」
走ったために荒くなった息が白くなる。
ミズチは息を整えながら冷たい空気の流れる地底湖の入り口近くの
高台に立っていた。
あたりを見回したが、ここにも普通のモンスターはいなかった。
薄暗い、冷たい空気の中に静かに流れる湖がある。
高台から注意深く降りると、もう一度辺りを見回した。
無意識に、息が震えていた。
一瞬動いた、空気。
「ッ!!!」
この静寂の中でいつも以上に研ぎ澄まされていた感覚が
そのわずかな気配に触れた。
反射的に大剣エンシェントサーペントを引き抜く。
湖の水面が飛沫をあげてわれた。
次の瞬間、恐ろしいほどの冷気を帯びたブレスが
一直線にミズチに向かう。
並の大剣ならば打ち砕く事すらできる爆発的な威力のブレスがそれる
事なくミズチに直撃し、足元の岩場をえぐり砕いた。
ブレスのあまりの勢いの余韻と冷気の残滓がその場に粉塵をあげている。
湖から恐ろしいほどの速さで現れ、ブレスを放った主・・・、
エンシェントサーペントはその粉塵を首をもたげ、見ていた。
即死。
―――のハズだった。
エンシェントサーペントは、静寂の空気を震えさせるうなり声を上げた。
白い冷気の混じった粉塵が消えたそこには、生きていられるはずの無い
人間が立っていた。
目の前に、両親が命をかけて封じた大剣を構えて。
蒼と翡翠の混じった刃を透き通り、その人間の瞳が見えた。
さまざまな感情がまじりあった蒼い瞳が。
決して完全な殺意がこもっているわけでもなく、また、恐怖に
おびえているわけでもない。かと言ってすべての恐怖を捨てたわけでもなく。
怒りに燃えているわけでもなく。
中途半端なモンスターへの慈悲がこめられているわけでもない。
ただ、水のように様々な感情がこめられている。
それでも、波紋ひとつもない水面のような瞳でもある。
―――それでも、そんな事は関係ない。
エンシェントサーペントは、容赦のない咆哮を響かせた。
びりびりと震える空気の中でミズチは防御体勢から、大剣を構えた。
ギラギラと光るエンシェントサーペントの目にかすかに足を引きそうになる。
それでも、自分自身を叱咤し、歯を食いしばってやり過ごした。
エンシェントサーペントが上半身を反動をつけてミズチへ向かわせる。
紅い口腔にのぞく鋭い牙が襲い掛かってきた。
ミズチは、地を蹴って左へ後退した。
硬い足場の岩盤を、エンシェントサーペントの牙はたやすく砕く。
粉塵が巻き起こり、砕けた岩の欠片が舞い上がり、ばらばらと落ちた。
ミズチは大剣エンシェントサーペントの柄に力を入れ直すと、
その金色の体躯を斬りつけた。
エンシェントサーペントがうなり声を上げ、再び上半身を勢いよく振り上げる。
冷気のブレスを地底湖の岩の天井をかすめ、落石を起こした。
いくつもの岩がふりそそぐ。
「なッ・・・!!」
ミズチが落下してくる岩に気をとられた瞬間、エンシェントサーペントが牙をむき出しにして襲い掛かる。
ミズチが気がついた時にはすでに遅かった。
左肩に牙が食い込み、血が飛び散った。
「ッあああああ・・・!!!」
灼熱の感覚を傷がもつ。大剣が手から落ちそうになるのをこらえ、ミズチは大剣を横殴りに払った。
エンシェントサーペントの頭の付け根に深々と大剣の透き通る刃が
傷を負わせた。その痛みに、エンシェントサーペントがミズチの肩から牙を勢いよく離した。
その反動で、ミズチは倒れそうになったがなんとかこらえる。
歯を食いしばって、さらに大剣に力をこめた。
ぼたぼたと肩から真紅の血が流れている。激痛もおさまる事を知らない。
エンシェントサーペントもさっきの斬撃はかなり深手だったらしい。
しかし、再びエンシェントサーペントは冷気のブレスを放つ。
ミズチは大剣を構え、防御体勢を取ろうとした。
だが、ブレスを放った直後エンシェントサーペントがミズチに牙を
むいて襲い掛かってくるのが見えた。
ブレスを防御で防いだとしても、そのまま喰らいついてくる気だった。
ミズチがブレスを後退して避けると、ブレスが直撃した場所に一瞬で
エンシェントサーペントの牙がつっこんできた。
遠心力に任せ、ミズチはもう一度大剣を横殴りに払う。
狙いは、エンシェントサーペントの首。
しかし。
わずかに狙いが外れた。しかも、大剣はエンシェントサーペントの
もっとも硬い甲殻部分の合わせ目に食い込んでいた。
「クソッ・・・!!!」
ミズチは大剣を引き抜こうとしたが、すでに遅かった。
エンシェントサーペントが、体をうねらせる。
大剣の柄をにぎったままのミズチは、離すわけにもいかず。
エンシェントサーペントはかまわず上半身を振り上げる。
何が起こったのかわからなかった。
ふいにせまった地底湖の天井。
鋭くとがった岩が、目の前に迫って。
視界が一旦紅いものに染まったが、次の瞬間には
冷たい流れの中にいた。
ミズチは必死に大剣の柄を握っていた。
大剣がくいこんだまま、エンシェントサーペントは水に
もぐっていた。
ミズチは水中に引きづりこまれていた。
そして、同時にのろのろと自分の胸元を見てみると
鋭い岩が、胸のあたりを貫いていた。
【第16章】
冷たい水の流れの中に、ミズチは紅く染まる気泡をごぼりと吐き出した。
エンシェントサーペントは、自分の硬い甲殻の合わせ目に
刺さった大剣を振り払おうと、がむしゃらに水流を異常な
スピードで進んでいる。
大剣の柄を握る力が弱まった。
体を貫通した岩は、傷から血と共に気力まで流し続けているような
気がする。
――――死ぬ・・・・?
ふと、ミズチの脳裏にその言葉がよぎる。
かろうじて、岩は心臓をはずれて鎖骨のすぐ下のあたり
を貫通していたが、血が水の中を流れていった。
力までそがれてゆく感覚。
水流を突き進むエンシェントサーペントは、再び怒号をあげた。
水のなかでは、その怒号もくぐもる。
ただ必死に握る大剣の柄の指が、少しづつゆるくなった。
このまま水の中にいれば、遅かれ早かれ窒息か、血を流しすぎて
自分は死ぬ。
冷たい水がうなり声のような音をミズチのすぐそばで上げてゆく。
エンシェントサーペントが今進んでいる場所はどこだかわからない。
ただ、暗い水のうねりの中だった。
ふいに、恐ろしさが湧き上がる。
怖い。
死に近づく感覚が。
そろそろ意識ももっていかれそうになってきた。
柄を握る指が、さらにゆるくなる。
暗い水のうねりの中を、エンシェントサーペントは異常な
スピードで駆け続けた。
次第にぼんやりと思考に霞がかかってきた。
死が近い。
その感覚がどうしようも無く恐ろしい。
何故?
今この恐ろしい状況から解放されるのに。
今すぐ、逃げ出したいくらい怖いのに。
この苦しみから、逃げられるのに。
――――もう、会えなくなるから。
その答えにたどりつくと、闇に流れそうになった意識が
かすかに意思を取り戻す。
もう、救う事ができなくなるから。
結局、村をでてからもその現実から逃げ続けて。
いつも、恐ろしさを感じるものから逃げ続けて。
ギリ、と歯を食いしばる。
完全に流れそうになっていた力をつなぎとめた。
柄を再び握り直す。
無意識に、薄く笑みを浮かべた。
きっと、今のオレをリオ姉が見たら凄い勢いでぶったたかれるだろうな。
それに、人間って本当に最期の瞬間てのは凄い事ができるかもしれない。
こういうのただの希望的な思想って言うのかな。
それでも。
水流に邪魔されながらも、ミズチは大剣の柄をしっかりと
握りなおす。
自分を貫いた岩に手をかけた。
力任せに、引き抜く。
酷い痛みと、血があふれて流された。
引き抜いた鋭い岩の先を水の中を進み続けるエンシェントサーペントの
甲殻の合わせ目・・・。大剣の刃が挟まってしまっている部分に向ける。
真正面からぶつかる水の流れに逆らい、その合わせ目に渾身の力で
岩を勢いよく刺しいれた。
わずかな隙間ができ、大剣がわずかに動く。
ミズチはエンシェントサーペントの硬質な細い角をつかんだ。
隙間から大剣を引き抜くと、一気に水の抵抗がもろにかかってくる。
それでも、ミズチは片手で大剣の柄を強く握るとエンシェントサーペントの
体躯めがけて斬撃をくらわせた。
傷から、血が流れてゆく。
エンシェントサーペントは水を進むことをやめずに再び咆哮した。
リオの言っていた言葉を思い出す。
何があっても、掴み取りたいもの。手放してはならないもの。大切なもの。
自分にとってそれは。
大事な人のために、戦える心の強さ―――。
それが、自分にとっての、『掴まなくてはならないもの』。
【第17章】
エンシェントサーペントの体を何度も斬りつける。
もうミズチ自身の体は限界のはずだった。
それでも、なんとか気力で意識をとどめつづけている。
暗い水のうねりが響いていた。
エンシェントサーペントの血が水流にながれていく。
その血に自分自身の傷から流れた血も混ざって。
すでに何十回と斬り付けたエンシャントサーペントは
水の中でくぐもつた咆哮が響かせた。
怒号が暗い水のうねりにまぎれ、混濁していく。
「・・・・・」
声にならない声がナガレの口から零れた。
ミナカゲ村の外に流れる大きな川のせせらぎだけが耳に入ってくる。
ベッドに横たわり、指一本動かす事もできなくなった体の中では
突然変異の不死虫の毒による病原菌が体を蝕み饗宴を続けているのだろう。
でも、おそらく今日でその饗宴は終わる。
数年前に先に死んだ夫も、最期は今と同じ状態だった。
まぶたすら開ける事もできない。
ただ音だけが聞こえる。
自分の浅い呼吸。
村長とツユの話し声。
ツユのすすり泣く声もかすかに聞こえる。
外を流れる大きな川のせせらぎと。
直接聞こえはしない、懐かしさも覚える声。
その声の主の名前を必死に声にだそうとしているのに
音にすらならない。
ミズチ。
半年前に自分の病を治すために村をでた大切な子供の名。
何か、いやな予感がする。
気力だけではすでに追いつかない。
少しづつ、確実に意識が呑まれいく。
ミズチは必死に角につかまりながらも、力がゆるみはじめていた。
力が抜けていく。
血も、力も、意識もすべて水のうねりに流されそうになった時。
いくつもの傷を負ったエンシェントサーペントが、水中を上昇した。
ミズチもかろうじて水流に耐えながら上を見上げた。
揺れる光。
次の瞬間。
「っは!!!??」
水流が、風に変わって黄昏色の空が広がった。
エンシェントサーペントが、勢いよく反動をつけて
水面を割いて飛び出したのだ。
砕けた水の飛沫と欠片が夕陽に反射される。
ミズチの肺に空気が流れ込んだ。
意識が、わずかに戻る。
振り落とされないように角につかまる手に力をこめた。
エンシェントサーペントは再び異常なスピードで水の
中を泳ぎだした。
しかし、今度は完全に水中に戻らずヒレと頭の角は
水面に出ている。
ミズチは、肺に入ってしまっていた水を咳き込んで吐き出しながら
エンシェントサーペントの進む先を見た。
美しく澄んだ水。
それに、この地形は知っている。
そして、さっき中空にでた瞬間見えたあれは。
まさか。
エンシェントサーペントが傷の痛みと怒りで牙ののぞく口から
冷気をほとぼらせる。
咆哮が響くと同時に、今進んでいる大きな川の先に家々が見えた。
ミズチが目を見開く。
「ミナカゲ・・・村!!?」
【第18章】
エンシャントサーペントは、怒り狂った咆哮を夕陽の光の中に
放った。
頭蓋骨を直接振動させるようなその咆哮にミズチは必死に
耐えながら、エンシェントサーペントの角につかまっていた。
まだ遠くだが、夕陽の中にたたずむ故郷が確かに見える。
エンシェントサーペントがミズチを振り払おうと激しく
水の中をすすみながらも身をよじらせた。
怒りも混ざり合ったように、エンシェントサーペントの口腔から
冷気のブレスの欠片がこぼれはじめている。
狙いは、おそらくミズチの故郷、ミナカゲ村。
大量の人間の匂いがするからか。
怒りでもう攻撃対象すらわからないのか。
それでも、確実にミナカゲ村を狙っているのはわかった。
しかも、ミズチ自身に放ったブレスより数倍の威力を持つようなブレスを。
ミズチが大剣の柄を握り直す。
体はもう限界だった。血も流れつづけて常人ならばすでに
意識も失い死んでいるハズなのに。
それでも、途切れそうな意識を意思だけでつなぎとめている。
「っ・・・やめろッ!!やめろ!!」
なんの制止にもなるはずのない言葉を叫びながら、大剣を
がむしゃらにエンシェントサーペントの体に叩き付けた。
時折その硬い甲殻に弾かれながらも、ただ必死に。
力の入らない腕はもう確実な斬撃は与えられなくなっていた。
それでも。
「やめろ!!やめろ!!やめろ・・・ッ!!!」
ミナカゲ村では、ほとんどの村人が地鳴りのような音に
気づき、外に出ていた。
ツユと村長も夕陽に輝く澄んだ大河の上流を見た。
巨大な蛇のような異形の姿と、夕陽のせいだけでない金色の輝き。
「あれは・・モンスター・・!!?」
村人のほとんどはモンスターを見たことはない。
それでも、その異形の姿で普通の動物ではないのは見ただけでわかった。
村長が口を開いた。
「ああ・・モンスターじゃ・・。しかもアレは飛竜じゃ・・!!」
それに、と村長は続けようとしたが村に向かってくる飛竜の
咆哮に言葉をかき消された。
びりびりと空気が震える。
咆哮の響きが消えた時、村長はひとまずココは危険だと
いう事を感じて、村人に指示をだした。
「とにかくッ・・!!皆ここから離れるのじゃ!!一人も残すな!!
川よりできるだけ離れるんじゃ!!」
しかし、その飛竜のスピードに、非難する時間は到底追いつけそうに
なかった。
「やめろ・・!!やめろ・・!!やめろッ・・!!!」
変わらず言葉を叫びながらミズチはエンシェントサーペントの
体を斬りつけていた。
どんどん確実に近づいているミナカゲ村の家々が見える。
エンシェントサーペントの両側には水飛沫があがりつづけていた。
エンシェントサーペントの鱗の黄金の輝きとは違う金色に
夕陽によって染められている。
あまりに浅い傷だからだろうか。
何度も何度も斬りつけているハズなのに、エンシェントサーペントの
水を進むスピードは変わらなかった。
血が水流の中に紅い帯を一瞬だけ作り、すぐに掻き消える。
「やめろ!!やめろ!!やめろッ!!」
ミズチが何百回目かの大剣を振り上げた時、蒼と翡翠の混ざり合った
大剣が乾いた音を放った。
ぴしり、と。
「・・・!!?」
反射的に振り返って見た夕陽の色をかすかに写した大剣に、
一本のスジが入ったのが見えた。
次の瞬間。
大剣の刃が振り上げた中空でひび割れ高い音を放ち、蒼と翡翠色の
結晶の欠片となって砕けた。
【最終話】
巨大な『音』がしたのを、ナガレは感じ取っていた。
石硬化病のせいですでにナガレの体はその病名どおりに動かなくなっていた。
まぶたも開くことのできない今の状態では、ただ肌で直接感じることと
耳に流れてくる音から情報を得るしかない。
それだけでも、十分今日はなにかがおかしい事はわかった。
もう、夏だと言ってもいいくらいの気温だったのに、今日は
冬のように寒かった。
冷え切った大気。
村人のざわめき。
そして、巨大な『音』。
その『音』がした時、ツユと村長が外へ飛び出していった。
おそらく、『音』の正体を確かめるため。
再び、巨大な『音』が響く。
ナガレも自分の知っている音と、その『音』を照らし合わせてみた。
あまり、はっきりとしない意識の中であの『音』に似ているものを
思い出す。
嵐の夜の、崩れる岩の音のような。
暗く深い、水の底の大きな水のうねりのような。
誰かの怒り狂った怒声のような。
そのすべてを混ぜたような『音』のなかに。
「―――――・・・・」
かすかに、自分の大切な子の声が聞こえたような気がした。
目の前で、蒼と翡翠の大剣が砕け散った。
最後の、希望が。
なおもエンシェントサーペントは大河を疾走しつづける。
その怒り狂った眼を輝かせながら。
一段と、その口腔から溢れる冷気が多くなる。
再び咆哮が夕焼けの冷たい大気を切り裂くように鋭利に響いた。
砕けた刃の結晶は次々と、何の抵抗もなくエンシェントサーペントが
巻き上げる水のうねりに消えていく。
あきらめるわけにはいかない。
どんどん近づいてくる故郷に、その思いが湧き上がる。
最後の一片の欠片を、つかみとった。
砕けてもなお鋭利な切れ味を持つその欠片に、手に血がにじむ。
欠片はそんなに長くは保たない。
次の一回で、エンシェントサーペントを止めなくては。
エンシェントサーペントの角を必死ににぎり、ミズチは
できるだけ冷静になろうとした。しかし、それとは裏腹に
近づくミナカゲ村を見ると焦燥感がたまっいく。
おそらく、この硬い甲殻はいくら傷つけても無駄なのだろう。
どこを、狙えば―――。
その時、エンシェントサーペントが上半身を大きくのけぞらせた。
瞬間、振り落とされそうになったミズチは、なんとか角を握って
やりすごす。
咆哮とともに、口腔から冷気がさらにあふれ出した。
ミナカゲ村まで、あと数百メートルほどだ。
村人たちの叫び声が聞こえる。
ついにブレスが放たれようとしていた。
その時、ミズチの眼にある一点が見えた。
エンシェントサーペントの甲殻の、すぐ近く。
黄金色の鱗で輝くその一点の皮が、ぶわりと膨らんだ。
飛竜たちが、ブレスを吐く事ができるのは体内の器官に袋と呼ばれる
ものがあるからだ。レウスなども、火炎袋という可燃性の粉塵の
入った臓器の袋が存在する。
ならば、あそこは。
あそこを切り裂けば、なんとかなるかもしれない。
そう思い欠片をにぎりしめた時、ミズチの視界がぼやけた。
唐突に力が抜けていく。意識も急に暗い場所へ沈みそうになった。
オレにも、あったはずだ。
わかったはずだ。
手放してはならないもの。大切なもの。
そして。
角から手を離すと、欠片を両手でしっかりと握る。
渾身の力で振り上げ、重力に任せてその膨らんだ一点を狙う。
オレにとっての、掴まなくてはならないもの。
半分ほどしか残されていない意識が、さまざまな情報を
淡々と映した。
切り裂かれた冷気袋と、そこから噴出する冷気。
飛び散った黄金色の鱗たち。
エンシェントサーペントの咆哮と、跳ね上がった体。
エンシェントサーペントの巨体が大地に叩きつけられて。
村人たちや村長の声が聞こえる。それでも、大地にたたき付けられた
エンシェントサーペントのうなりだけがひどく耳に残った。
浅瀬に放り出されたミズチを睨みながら、エンシェントサーペントは
その水流によく似たうなり声を上げている。
わずかに、ミズチは頭をあげて、エンシェントサーペントを見た。
最後の意識が途切れる瞬間小さく呟く。
「ゴメン、な・・・・・。」
ぱしゃん、と再び水の中に頭が落ちる。
その、自分に無謀な戦いを挑んできた人間。
そんな愚かな生物に背を向けるとエンシェントサーペント
は静かに大河に引き返す。
そのまま、大河の流れに乗ると血がながれるのも構わず去っていった。
暗い水のうねりの音。
体中が痛みと苦しみの悲鳴を上げる。
まるで水流のなかにある一片の水の欠片のように
暗いうねりに取り込まれそうになって。
しかし
光の筋が見えて。
必死に、もがいて
それでも、決して光を見失わないように。
次の瞬間、蒼空と陽光に閃いた飛沫が見えた―――。
「・・・・・・」
最後に見えた空とは対照的に、ぼんやりとやわらかい光に
照らされた天井が見えた。
やわらかい、白いベッドの上で、包帯が体中に巻かれている。
何気なく、ミズチは明確な意識もなく首を動かした。
静かな水の流れと、夏の虫の鳴き声が聞こえて。
静かに、窓の外を見ている女性がいて。
「か・・・・・」
その後は、言葉にならずにそのまま消えた。
母が、ゆっくりとこちらを向いて微笑む。
懐かしさすら覚える、安心させる笑顔を。
「・・・ッ」
色々、言いたいことがあったはずだ。
たくさん、たくさん。
それでも、たくさんありすぎて。なんていい出せばいいかわからなくて。
「・・・・・ただいま。」
少し震えたような声でそれだけ言うと、なんとなく気恥ずかしく
なって。
「おかえりなさい・・・。」
優しい母の声を聞くと、ただそれだけの現実に安心して。
震えるような息を吐き出すと、また意識がまどろんだ。
眠りのまどろみの中に落ちる時、暖かい手が優しく髪をなでた気がした。
どうやら、かなりの間寝ていたらしい。
あのあと、冷気袋を切り裂いた時に飛び散った鱗で村長が薬を
つくり、母はなんとかぎりぎりの状態で助かったらしい。
そして、自分もなんとか一命をとりとめたようだ。
しかし眼が覚めた後も、酷い怪我のせいでまともに動けなかった。
それでも、母がずっと看病してくれたのがなんとなく嬉しかった。
時折、ギルドの調査団がエンシェントサーペントの事や
大剣の事を調査するためにミナカゲ村に来たが、そのたびに
「こっちは怪我人なんだよ!でてっとくれ!」
といって、ツユがホウキで何度も調査メンバーの頭をぶったたいていた。
二月ほどたった頃だった。
「あのさ、母さん。」
ようやく普通にうごけるようになった頃、ミズチは言った。
早朝の、朝霧がまだかかっている時だった。
ナガレも、大体は息子がいう事は予測できたようだ。
「何?」
「オレさ、ハンターの街に行くよ。」
その一言は、半年前にミズチが言った同じ意味の言葉を思い出させた。
あのときは、まだ少し怯えていて。言葉も頼りなかった。
それでも、今はあのときとは違う。
しっかりと、力強く告げた言葉だった。
「もし・・・今はこの村は平和だけど、前みたいに何かあった時
その時はオレがこの村を守りたいから・・・。だから」
そこまで言うと、ミズチは少しうつむき加減に言う。
「まだ、全然頼りないからさ・・・オレ・・・」
だから、とつなげるとミズチは先ほどの言葉を繰り返した。
「オレ、またハンターの街に行くよ。」
そう言った瞬間。
「ミズチーーーーーッ!!!!」
開け放たれた窓の外から、叫び声と一緒にリオの飛び蹴りがミズチに
直撃した。
よくもまあ、あんなに正確にヒットできるものである。
えらい勢いで吹っ飛ばされたミズチの胸ぐらを掴みつつリオが
わめきちらした。
「ちょっとアンタ!!いつまで戻ってこないつもりなの!!?もう
二月よ!?二月!!まさかアンタこのままハンターやめる気!!?」
がくがくと揺さぶられながらもミズチがなんとか返事をする。
「い、いや、だから、リオ姉、今その大事な、話を・・・。」
「あら・・・。」
リオはやっとただ傍観側にまわっていた母親のナガレに気づいた。
「あ、リオさんですか?いつも息子がお世話になってます。」
「あーこちらこそどうもー。」
どうやら息子が突然とび蹴りをくらっても動じないらしい。
普通に挨拶を済ませたのを確認すると、ミズチは用意していた
街へ向かう準備をしたバックをリオに見せた。
「オレ、またもどるんだよ。リオ姉。」
「あらそうなの?それじゃ、ちゃっちゃと行くよ!」
「え?!ちょっと、ま・・・」
腕を掴まれてドアからひきづられるように外にだされた。
そろそろ、朝日が昇る。
ミズチは振り返ると、母親のナガレに大きく手を振った。
「じゃあ、母さん!!オレ、もっと強くなるから!!元気でね!!
また手紙とか送るから!!」
ナガレもまた、手を振った。
半年前にこの村をでた時とは違い、力強さを感じた。
ミズチは昇り始めた朝日を見ながら、リオと歩いていく。
今度は、戦える力もつけるため。
今度こそ本当に強くなるため。
大事な人のために、戦える心の強さ―――。
それがオレにとっての掴まなければならないもの。
【END】