モンスターハンター
レン様作
その時代はただ単純に廻っていた。
強いものが弱いものを食い殺す、『弱肉強食』。
その上に立つのが『飛竜(ワイバーン)』と呼ばれる肉食獣だった。
飛竜はその偉大な翼で悠々と空を飛び、灼熱の猛火を吐く。さらに、強固な鱗と甲羅で覆われる体には生半可な武器では傷一つ付けれない。
だが、卓越した狩猟技術と我が身一つで、自らの命を賭けてそんな飛竜達を狩る『モンスターハンター』と呼ばれる者達がいつしか現れた。
その者たちは飛竜達に戦いを挑み、勝利の雄叫びを挙げ、時には敗北し命を落としていった。
殺るか殺られるか、狩るか狩られるか。
これは、そんな時代を命を賭して生き抜いていった三人のハンター達を描いた物語。
様々な武器を背負ったハンターや市民、行商人が行き交う街の中央。
あちこちでは魚や肉を売る威勢の良い店主の声が響き、賑やかで活気に満ち溢れ、その間にある道を巨体を揺さぶり荷を運ぶアプノトスは一種の名物だ。
その通り道に、全身ランポス系の防具で身を包み、大剣、『バスターブレイド』を背負っている、赤髪の少年が立っていた。
まだ幼さの残る顔には緊張と、喜びに満ちた表情が浮かんでいる。
しばらく、通りの真ん中でじっと突っ立っていたが、やっと両手を空に突き上げ、
「ついに……ついにやってきたぞ!!」
突然、赤髪の少年は途轍もない大声で叫んだ。
荘園の周りにいたハンターや行商人はその声の大きさに驚き、一瞬びくりと体を震わせ、まじまじと赤髪の少年を見つめる。
そんな事、気づいてさえいなそうに少年はポーチから小さな紙切れを取り出した。その紙切れには色々な筋や家の絵が描かれている。どうやら地図のようだ。
少年はう〜ん、と呻りながらその地図を見つめる。
「えっと、村長に貰った地図によると確か〜……あっ、あった! あっちの方か!」
がばっと、地図から顔を離し、体の向きを180度変えて嬉しそうに言う。
乱暴に地図をポーチにしまうと、周りの人の不審な目を無視して、赤髪の少年はその場を駆けて行ってしまった。
酒場。ハンター達が集い、酒を飲み交わし、武勇伝を語る場。
そして、端にある受付で依頼を受け意気揚々と出る入り口でもある。
その受付の前に先程の赤髪の少年が立っていた。
「すいませんっ! ハンター登録して欲しいんですが!!」
両手で受け付けのテーブルをバンバン叩きながら、赤髪の少年は喧しく叫んでいる。
目の前にいる受付の女性は少し困ったように苦笑しながら、机の引き出しから紙とペンを出してそれを少年の前のテーブルに置く。
「ここに名前と出身地、それから、使用武器、防具を……」
「はい!」
長々と続きそうな説明を遮り、元気よく返事をすると、決して丁寧な字とは言い難い文字を勢いよく書いていった。
そして、ペンを叩き付けるように置くと、紙を受付の女性に渡す。
紙を渡された女性はざっと目を通してからにっこりと微笑み、赤髪の少年を見る。
「セナ・サラムス君ね。これでハンター登録できたわよ。私はラン・ミルトラ。これから、よろしく」
営業スマイルを顔に張り付かせながら言うと、紙とペンを引き出しの中にしまう。
それを満足げに見てから、セナという名の少年は早口で喋りたてた。
「さっそくですが何か依頼はありませんか?」
「う〜ん、今のところは……ちょっと待ってて」
ランは考えるような仕草をしてから、酒場の奥へ行ってしまった。
奥から物の倒れるような音や悲鳴が聞こえてからしばらく経った頃、埃まみれになったランが戻ってきた。
右手には長い紙が握られていた。
「は、はいこれ。ここに今ある依頼が全部記されてるわよ」
長い紙をテーブルに広げるように置く。
そこにはランの言う通り様々な依頼が記されていた。ざっと目を通してみると、ほとんどの依頼が×印を付けられていて、受けることが出来ないようだった。
それでも、セナは根気強く穴が開くほど見てみると……下の方に×印の付いていないイャンクック討伐の依頼があった。
イャンクックは確かに飛竜種だが、小型であまり強くなく、肩慣らしには丁度良い。剥ぎ取れる鱗や翼膜もなかなか良く、比較的強い防具が生産できる。
セナは身に纏っているランポス系の防具もそろそろ変え時かと思っていたので、一人頷きそれに決めた。
「この依頼を受けたいんだけど……」
すかさず、セナが紙に書いてあるイャンクック討伐の依頼を指差した丁度その時、
「イャンクック討伐の依頼ってまだ残ってるか?」
「イャンクック討伐……まだ残ってますか?」
後ろから突然、2人分の声が聞こえた。
驚いて振り返ると、そこには双剣を背負ったボサボサに尖った金髪の少年と、ライトボウガンを背負った蒼髪の少年が立っていた。
その金髪の少年と蒼髪の少年も声がそろった事に驚き、お互いに顔を見合わせていた。
「なんだ? テメェは?」
目つきが鋭く、ガラの悪い金髪の少年が先に口を開いた。
グイッと顔を蒼髪の少年に近づけ、睨みつけるように……いや、睨みつけていた。
何か恨みでもあるのだろうか?と思えるほど。
「お前こそなんだ……?」
普通の人間なら怯みそうな所を、蒼髪の少年は無表情のまま言い返す。
しばらく2人は険悪な雰囲気で睨みあっていると、パンッパンッ、と手を叩く音が鳴った。
「はいはい、そこまで。喧嘩はよそでやってね」
手を叩き2人の注意を自分に向けたランは落ち着いた口調で事務的に言った。
様々なハンターが来る酒場ではこんな些細な事など日常茶判事なのだ。
「ライトも誰構わず喧嘩を売るんだから……」
呆れたように、ランは片手を頭に当ててやれやれとため息をつく。
「うるせぇな〜。別に関係ねぇだろ〜」
ライトと呼ばれた少年は小さく舌打ちしながら蒼髪の少年から目を逸らす。
蒼髪の少年もチラッとその様子を見てから視線をランの方に戻した。
「まぁ、いつもの事だからいいけど……。とにかく、今日は何の用だったかしら?」
「だからよ、イャンクック討伐の依頼はまだ残ってるかって聞きに来たんだよ」
気を取り直してランが聞き返すと、ライトはそう言いながらテーブルに置かれた紙を顎でさししめす。
「残ってるけど。あっ、でも今ちょうど……」
「遅かったね。今、ボクが頼もうとしてたとこ」
ランが言い切るか言い切らないかの微妙な所で、セナが横から口を挟んだ。
「あぁ? 何で、テメェがオレのイャンクック討伐を受けるんだよ」
ライトはセナを睨みつけ近づく。
「オレのって……まだ、お前のクエストじゃないじゃないか」
「関係ねぇ! 見たところ、テメェの装備じゃ数分も持ちそうにねぇじゃねぇか? 初心者はランポス狩りでもやってるんだな」
物凄い言い草である。
「ひどっ! そっちこそ、そんなちっちゃい双剣じゃぁ、イャンクックを倒せないんじゃない?」
「……んだとぉ!?」
「…………俺に依頼を」
「あっ! こら、テメェ! 抜け駆けしてんじゃねぇよ!!」
そんなつまらない会話の後、三人はお互いににらみ合いながら「ボクのクエストだ!」とか「オレのに決まってるだろうが!」とか「…………オレの」の様な事を何度も
言い合って、互いに譲ろうとしなかった。このままでは日が暮れてしまいそうな勢いだ。
酒を飲みながら会話をしていた他のハンターたちも、その喧しい3人組の方に目を向けて事の成り行きを面白そうに眺めている。
「じゃ、じゃぁ。こうしましょう」
ランが笑顔で(よく見れば口元が引きつり眉間が震えている)突然、話しかけた。
「「「…………?」」」
言い合っていた三人が一斉にランの方に顔を向ける。
「いっその事三人で討伐しに行けばいいんじゃない?」
爽やかな風が流れ、青々とした草の生えた野原が広がり、遠くには森が見える、通称『森と丘』。
ここは色々な植物や素材が手に入る事から、初心者ハンターから熟練のハンターまで訪れる場所。
もちろん、飛竜も巣を作り、なわばりを縄張りを張る場所でもある。
そんな所を三人の人影が歩いていた。セナ、ライト、蒼髪の少年の三人である。
セナは先程と装備を変えずに、全身ランポス系の防具。ライトは頭に装備をつけない以外は全て初心者用の防具であるハンター系。
蒼髪の少年は頭は『ランポスキャップ』、それ以外はバトル系で身を包んでいる。
そして三人ともそれぞれ自分の武器を担ぎ、何やら不服そうな表情で歩いている。蒼髪の少年だけは顔をランポスキャップで覆われているので分からなかったが。
「あ〜あ……。一人でイャンクック討伐したかったのによぉ〜」
ライトが不機嫌そうに舌打ちしながらぼやき、そばに転がっていた石ころを蹴り飛ばす。
石は遠くまで飛んでいき、ちょうど草むらに潜んでいた何かに当たった。
草むらに潜んでいたものはむくりと起き上がりその姿を現す。それは青い鱗をもち、頭に細いトサカを持つランポスだった。
「グェエエエエッッ!!」
突然、そのランポスは耳をつんざくような雄叫びを上げると数体のランポスがあちらこちらから飛び出てきた。
ランポスは間合いを取って三人の様子を窺い始める。
「あ〜…、ランポス出てきちゃったじゃんか。まったく、早くイャンクックと戦いたかったのに」
「うるせぇよ。ちっ、なんだってお前等なんかと組んでクエストやんねぇといけねぇんだか……」
セナとライトは威嚇し続けているランポスの群れに向かって武器を構えて駆け出す。
その時にはすでに、後ろにいた蒼髪の少年はいつの間にかいなくなっていた。
「あのさ、ライト。あの場合はしょうがなかったでしょ? 全員、イャンクック討伐をやりたかったんだから」
セナはランポス達の群れに走り近づきながら、横にいるライトに向かって言う。
「だったら、テメェがやめればよかったじゃねぇか」
ジロッとレンを睨みながらライトは言うと、背中に背負っていた双剣『ツインダガー改』を抜き、目の前で威嚇し続けているランポスを切り倒した。
その返り血を半歩ステップを踏んで横に避けながら、返す刃で更に二、三体を斬りつける。
他のランポス達は驚き、攻撃態勢に入る。鋭い威嚇の声をあげながらセナとライトに飛び掛った。
「それは、やだ……ねっ!」
セナは大剣の柄を握り締め、身を捻り力を溜めてから、横に薙ぎ払って飛び掛ってきたランポスを全て斬り捨てた。
巨大な刃によってランポスの骨は切り裂かれ、血肉が飛び散り草原を真っ赤に汚す。
ぐちゃぐちゃの肉の混じった血の海が出来るがセナは気にせずそれを踏み越え、次々とランポスを切り潰していく。
「わがままな奴だな」
体をニ、三回転させながら双剣を振るい、ライトは飛び掛ってきたランポスを凄まじいスピードで斬り落とす。
体中に入った切れ込みから血を吹き出しながら数体のランポスが地面に落ちていった。
「そっちこそ。にしてもさ……なんか、様子がおかしくない?」
セナはライトに背を向けながら、小声で話しかける。
「あぁ…。やけに数が多くねぇか?」
ライトも『ツインダガー』を中段で構えたまま、声を押し殺して話し返す。
さっきから手当たりしだいランポスを斬り殺していっているのに、一向に数が減らなかった。むしろ、さっきより増えていっている。
見渡してざっと数えてみても30匹はいた。
しかも、その30匹全員がこちらに怯まないで突撃してくる。何か様子がおかしかった。
ランポスはそこまで執拗に自分の身を犠牲にしてまで狩りをするモンスターではないはずだ。
それに、セナたちを囲むかのように襲い掛かってくる。バラバラの群れがここまで知恵のある行動を起こせるとは到底思えなかった
(意味が分からない…。だけど、今は……)
セナは目の前にいる青い肉食獣達を睨みながら大剣の柄を握り締め、気を集中させる。
いくら大剣であっさり真っ二つに出来るランポスでも、少しでも気を抜けば鋭く尖った鉤爪で鎧の隙間の肉をごっそりと持っていかれてしまう。
ましてや、今は多対一に限りなく近い。油断は禁物だった。
「……どうする?」
じりじりと迫ってくるランポスに追いやられるように一歩一歩下がりながら、セナは小声で聞く。
「強行突破しかねぇだろ」
「この状況で、どうやってッ?」
「そんぐらい自分で考えろ!」
「なんでそんなに適当なんっ……!」
「グェエエエエッッ!!」
セナの言葉が、痺れを切らした一体のランポスの雄叫びに遮られた。
目の前で叫ばれた甲高い雄叫びに2人が一瞬くらりとした所に、雄叫びを上げたランポスを筆頭に次々と青い肉食獣が襲い掛かってきた。
「ハァアアアアッ!!」
ランポスの雄叫びに負けないぐらいの声音でセナは叫ぶと、大剣を縦横無尽に振り回す。
巨大な鉄剣の《バスターソード》は襲い掛かってくるランポスを叩き落していくように斬り捨てていくが数が多すぎた。
ランポスは一向に減らず、いたずらに体力が減っていくばかりだった。
(くそっ、《鬼人化》するか? だが、イャンクックと戦う前に体力を使うのは……)
セナの隣でライトも奮闘しながらそんなことを考えていると……。
「ライト! 危ない、避けて!!」
セナの悲鳴に似たような声がしたときには、ライトの背中に鈍い衝撃が伝わった。
予想外の攻撃にバランスを崩し、無様にも打っ飛ばされてすっ転んでしまった。握っていた双剣も衝撃で両方とも飛んでいってしまう。
「ぐっ……」
ライトはズキズキと痛む体を庇いながら立ち上がると辺りを見渡し双剣を捜す。
自分が立っている所より少し先の地面に《ツインダガー改》は突き刺さっていた。すぐさま、そこへ駆け出そうとするが
「グェエエエ……」
目の前を青で埋め尽くされる。
ずらりと並んだランポスが鋭い目つきでライトを睨んでいる。ランポスの口元にやりと笑っているような気がした。
「グェエエエエッ!!」
大量のランポスが一斉にライトに飛び掛る。
(ちぃっ!!)
ライトが心の中で叫び目を瞑って体を後ろに引いたときだった。
ドズンッ!!
突如、何処からか一発の低い音が響き、ライトの側頭部を何かが掠めた。
その何かは真っ直ぐライトに飛び掛ったランポスの額が割れ、何かよく分からない色の物を頭から吹き出しながら倒れる。さらにその後ろにいたランポスの体にも穴が穿った。
ライトはその何かが飛んできた方向に視線を向けると、やや段差がある丘の上にライトボウガンを構えた蒼髪の少年の姿があった。
「………………」
蒼髪のガンナーは淡々と新しい弾丸を装填して次々と引き金を引いていく。
そのたびに、一気に数体のランポスが体に開いた穴から真っ赤な血を吹き出させながら撃ち殺されていく。
残ったランポスはさっきの威勢のいい態度とは裏腹に、我先にと逃げ去っていった。
《ランポスキャップ》から覗く細い目でその様子を見届けると、ライトボウガンを担ぎながらスタッ、と軽快な着地音と共に地面に降り立った。
「剥ぎ取るのか? それとも、先へ行くのか?」
「はいっ? あ、剥ぎ取りか。えっと、剥ぎ取りは〜……」
あっという間の出来事に驚き、絶句していたセナは裏返った声を始め出しながらあたふたと質問に答えようとする。
しかし、後ろから突然肩を掴まれぐいっと後ろに引っ張られ、その場で尻餅をついてしまった。
「な、何するん……」
セナは何か言いかけたが、目の前に立っているライトを見た途端、口を閉じてしまった。
ライトの背中から凄まじい殺気を感じたからだ。
「おい…。何で、《貫通弾》なんて使いやがった?」
殺気と怒気がない交ぜになって、腹の底から吐き出したような低く、恐ろしい声だった。
目は怒りで爛々と鋭く輝き、両手は強く握られてギリギリと鈍い音を篭手が出している。
「……よく《貫通弾》だと分かったな」
「質問に答えろ! なぜ、あんな混戦状態で《貫通弾》何て使いやがった!?」
《貫通弾》は飛竜の硬い甲殻すら撃ち抜く。つまり、逆に言えば安物の防具や盾など簡単に貫いてしまうのだ。
仲間を傷つけてしまう可能性のある弾丸の一つだ。
だから、ライトは怒っている。ただ、単純に怒っていた。
「これを見ろ……」
蒼髪の少年はそう言うと、二人の後ろを指差した。
セナとライトは怪訝そうにその指差した方向に顔を向け、そして目を大きく見開いた。
「ドス…ランポス……?」
ライトの代わりに驚きの声を上げたのはセナだった。
そこには通常のランポスより一回りか二回り大きいランポスのボス、ドスランポスが撃ち殺され、倒れていた。それも二頭。
それでやっと分かった。
ランポスがここまで群れて、しかも頭のいい行動を取れた理由を。この二頭のボスが、全て指揮していたんだろう。
「なるほどね。そういう事だったんだ」
理解したように頷きながらそう呟くと、隣にいるライトの様子を見る。
ライトはさっきと違う意味で顔を赤らめ、フルフル震えていたが悔し紛れに舌打すると、すぐにそっぽを向いて先へ行ってしまった。
その後に続くように、といってもライトと距離をおいて先へ進む。
だが、後ろでは一人、セナが何か悩むようにドスランポスの死体を見下ろしていた。
(でも、何でドスランポスが二頭も一緒に行動を取ってたんだ? 普通なら、縄張り争いで同じ所にいるはずはないのに……)
じっと腕を組んで考え込んでいたが、しばらくすると疲れたように大きくため息をついた。
(ま、いっか。とにかく、今はこいつから―――――)
ニコリと微笑むと腰に差してあるハンターなら誰もが持っている剥ぎ取りなどに使うナイフを取り出した。
そして、おもむろに刃をドスランポスの足にすべらせた。
「ごめん、ごめん。遅くなっちゃった」
へらへらと締りのない笑みを浮かべながら、セナは先で立っている2人に小走りで追いついた。
だが、2人の反応は無い。ただ、真っ直ぐ視線を前に向けていて、セナの事など気づいていない感じだ。
「どうした?」
様子がおかしいと感じ、もう一度声をかけるとやっとライトが返事をした。
「これを見て、そんな間抜け声をだせるか?」
「? どういう……」
そう聞き返しながら、ライトの横に出るとはっと息を飲んでしまった。
まず第一に見えたのは、地面が何かでえぐられ茶色い土が掘り返されていること。
第二に見えたのは、野原が焼け焦げ、先に見える木が折れ曲がり、倒れていること。
そして、最後に見えたのは辺りに真っ赤な血の海ができていることだった。
「なにこれ…………」
セナは呆然と、目を丸くしてその場に突っ立てしまった。
隣ではライトが眉間を引きつらせて、今にも怒鳴り散らしそうな形相で辺りを見渡しながら呟く。
「流れのハンターが先に来てイャンクックを倒しちまったのか?」
流れのハンター……。何かしらの理由があってハンターズギルドがから追放されたハンター達の事。
彼らは自分の生活のためだけに、ギルドの許可無しにモンスター達を狩り、甲殻などを剥ぎ取って得た金で生活をしているので、時々、こういう事があるのだ。
「分からない……。とにかく、血痕の跡はあっちに向かっているようだな……」
蒼髪の少年はそう言うと、浅黒い血痕の跡が点々と向かっている方向へ顔を向けた。
同じ方向に、セナとライトも視線を向ける。
「たしか、あっちは飛竜の巣がある洞窟があったはずだよね……」
セナは目を細め、じっとその方向を見つめた。
三人は坂を上り、広い円形の草原の《エリア4》に着いた。周りが崖になっているので、色々な景色が見渡せる。
そこを無言で小走りで駆けると、先にある段差からぽっかりと開いている洞穴の前に立った。
洞穴からは生臭く、何かが焦げたような臭いがした。
そのくさい臭いにしかめっ面になりながらも、3人は洞穴の中に忍び込む。
「やっぱり……死んでる」
前面の光景を見て、セナはポツリと小さく落胆したような声を漏らした。
やはり、洞穴の中心に血まみれのイャンクックの死体があった。
様々な生き物の骨を踏み、ザクザクと足音を立てながら3人はイャンクックの死体に近づく。
その目にはすでに光りは無く、大きなクチバシからはべろりと舌がだらしなくはみ出していた。
「なんで、死んでるんだよ……」
自分の好きな物を取り上げられたような表情で、セナはため息をついた。
「とにかく死んじまってるもんはしょうがねぇだろ? さっさと剥ぎ取り済ませようぜ。腐敗が始まるし、ランポス共がまた臭いにつられてきちまうからな」
ライトは心底イャンクックの死因についてどうでもいいと言うような感じで言う。
そのまま、腰から剥ぎ取り用ナイフを取り出し、イャンクックの死体から、鱗や甲殻を剥ぎ取り始めた。
蒼髪の少年もそれもそうか、と一言呟くとライトと一歩程度距離をおき、剥ぎ取りを初めてしまう。
セナは取り残されてしまったが、それでも腕を組んでずっと小首をかしげている。
(なんか…なんか、おかしいんだよね。さっきのドスランポス。それから、あの草原の地面のえぐれ方にこげ跡……)
それらの光景を思い出し、いま目の前にあるイャンクックの死体を見つめる。
全身血塗れな死体には別に何も……。
(あれ?)
何かに引っ掻かかれたり、噛み付かれた跡がくっきりとピンクの甲殻に残っていた。
そして、カチャカチャと何かが組みあがるように頭の中で全てが繋がった。それと同時にぶわっ、と全身から嫌な汗滲み出る。
「ふ、二人とも! 剥ぎ取りやめて早くここから出よう!!」
滅茶苦茶に裏返った声で叫ぶと、慌てて二人に近づく。
剥ぎ取りをしていた二人は顔だけ上げてセナの方に振り向いた。
「ああ? なにいってんだ? そんな慌てる事もねぇだろうが。まだ、剥ぎ取り終えてねぇし……」
「そんな事はどうでもいいんだよ! とにかく、早くここから出よう! あいつが来る!!」
「はぁ?」
切羽詰ったセナの挙動とは裏腹に、ライトは間抜けな声を上げる。
「だから! あいつだってば!! リオ……」
―――オオオオオオオオーッ!!
突如、天井にぽっかりと空いた穴から、洞穴内に雄叫びが響き渡った。
大地を揺るがすほどの声量に、たまらず3人は両手で耳を塞ぐ。そうしなければ、気絶していたかもしれない。
その直後には、赤い甲殻で身を包む、空の王《リオレウス》が地響きを立てて着地していた。
「まさか…リオレウスがなぜ……?」
蒼髪の少年は兜からのぞく目を見開かせ、呟く。
「とにかく、今は逃げよう!」
セナと蒼髪の少年はすぐにしっかりと、自分の荷を担ぎ、踵を返して逃げ出す。
……が、後ろには一人ライトが立ち止まって残っていた。
「何してんだよ! ライト!!」
それに気づいたセナが声を張り上げて言うと、後ろにいるライトは振り向き、叫んだ。
「目の前にあのリオレウスがいて逃げられるかよ!!」
《リオレウス》を倒せばみんなに一人前と認められる。
その思いがライトの戦闘心を高揚させ、止めるセナを片手で突き飛ばし、《ツインダガー改》を構えて《リオレウス》の方に駆け出してしまった。
「ダメだ、ライト!!」
必死に、セナはライトの背中に呼びかけるが、立ち止まってくれなかった。
「リオレウス!!」
ライトは敵の名を叫び、赤い甲殻に《ツインダガー改》を振り下ろした。
鉄の双剣《ツインダガー改》。これなら、《リオレウス》の甲殻など切り裂ける。
そう思っていたのだが……。
がきっ!!
鈍い音と共に、火花が散り、双剣は弾かれた。
反動で万歳をする格好になってしまう。
「なっ……!」
ライトが驚いている間に、巨大な棘のついた尻尾がうねりを上げて横から近づいてきた。
「がっ!!」
脇腹に尻尾が直撃し、そのまま打っ飛ばされて、岩壁に打ち付けられた。
手から離され、地面に落ちた双剣が音をたてると同時に、力なくその場にへたり込む体勢になってしまった。
その間に《リオレウス》は体の向きをライトの方に向け、鋭い牙が並んだ口を大きく開ける。
そして、そのままライトに喰らいつこうと、襲い掛かった。
「……ッ!」
ライトは反射的に腕で顔を隠し、体を前かがみに丸める。
……しかし、我が身には何も起こらなかった。
代わりに、《リオレウス》の呻り声が聞こえる。
「……?」
状況がわからず、ゆっくりとつい閉じてしまった目を開けて視界が戻すと同時に、ライトははっと息をのんでしまった。
自分を襲おうとした口には、セナの武器《バスターブレイド》の刀身がはめられていた。
歯を噛み締め、顔中から汗を流しながらセナが大剣で《リオレウス》を押し留めているのだ。
だが、《バスターブレイド》からはギチギチと鈍い音が鳴っている。
巨大な鉄の塊である《バスターブレイド》でも、《リオレウス》の強靭な顎には適わない。
そのことに焦りを感じているセナは、後ろにいるライトに向かって声を荒げて叫ぶ。
「大丈夫っ!?」
その声でやっと我に返ったライトは立ち上がろうとするが、背中から伝わる痛みですぐに膝をついてしまった。
セナはそれを後ろ目で見ると、
「らぁあああああッッ!!」
突如、大声を出し、大剣を《リオレウス》に噛まれたまま、強く前に押し出した。
さっきまで鳴っていたギチギチとした音はさらに強くなり、そして……。
バキッ……!
鈍い音と共に、刀身の上半分を《リオレウス》の口に残したまま砕き折れた。
一瞬、辛い顔でそれを見たが、すぐにそのままの体勢で叫ぶ。
「頼むよ!!」
何を頼むのか、とライトが不思議に思った直後、何処からか低い轟音が鳴り響き、折れた大剣の上半分を吐き出そうとした《リオレウス》の口に黒い物体が入り込んだ。
苦しそうに呻き声を上げながら、《リオレウス》が口を閉じたその時。
バゴンッ!!
鈍い、爆発音が《リオレウス》の口の中で鳴った。
着弾時に爆弾を飛び散る弾丸、《拡散弾》が爆発したのだ。
―――グオオオオオオオオオオオンッッ!!
口から真っ赤な血を吐きながら、空に向かって悲鳴を上げる。
しかし、それでも致命打は与えていない。牙の隙間から火を漏れ出しながら、喉を震わし、低い声を上げる。
片足はしきりに地面を蹴っている。
《リオレウス》が怒った時の行動だ。
「くっ…」
セナは体中から冷や汗を流しながら折れた大剣を担ぎ、後ろでへたり込んでいるライトの腕を掴んでその場から離れた。
途中、蒼髪の少年も混ざり、三人は無我夢中で光りが差し込んでいる洞穴に向かって逃げ出す。
「オォオオオオオオッッ!!」
後ろから《リオレウス》の咆哮と、強い地響きが聞こえる。
顔だけ後ろに向けると、さっきまでより速いはやさで猛ダッシュしてくる《リオレウス》の姿があった。
息を吸うのも忘れるぐらい必死で走り、そして一気に外へ出る洞穴に向かって飛びあがる。
だが、それとほぼ同時に背後で爆発音が鳴り響いた。
「くっ! ブレスを吐いたの!?」
そうセナが言った直後、狭い出口のせいか爆発による強風は3人を吹き飛ばし、勢いよく空に投げ出されてしまう。
三人とも途中の崖に体をうちつけ、落下速度をころしながら真っ逆さまに落ちていく。
あっという間に地面は近づいていき、そして―――……
「ぐあっ!」
セナは短い悲鳴と仰向けに地面に叩きつけられる。
いくら防具を着込んでいても、やはり体に対する痛みは酷かった。それに、何やら背中がズキズキと軋むし、めまいがする。
「ライト……。蒼髪……」
苦しそうに咳き込みながら顔だけ向けて隣を見ると、俯けに倒れている二人に姿が見えた。
顔が見えないので生死が確認できない。
「ちっくしょー……」
小さな悪態をつくと同時に、ゆっくりと目の前が暗くなっていく。
―――グォオオオオオオオオオオン……!
そんな薄れ行く意識の中で、何とか聞こえたのは……勝ち誇ったような《リオレウス》の雄叫びだった。
息が苦しい。
暗い世界でセナが一番初めに感じた事だった。
次に、何かが自分の腹の上を押さえていて、呼吸が上手く出来ないと理解する。
(お、重い……。もしかして、さっきの《リオレウス》!?)
腹の上にリオレウスの足が乗っかっていることを想像してしまい、心の中で悲鳴をあげてしまう。
今、目の前にいると思うと、セナは恐ろしくて目が開けられなかった。
心臓が早鐘のように脈打つのを聞きながら、ぎゅっと目を瞑り、死んだ振り。
そして、そのまま数秒経ったが―――
いつまで経っても自分が襲われる様なことは無かった。
不思議に思い始めたころ
「にゃぁ〜」
可愛らしい声が聞こえた。
(え……?)
ガバッ、と起き上がると
「にゃぁっ!!」
今度は甲高い悲鳴と共に、体にのっていた重さが無くなった。
そして、下を見ると仰向けで倒れている猫の獣人、アイルーの姿があった。
「あぁ! ご、ごめん! 大丈夫?」
慌てて転げ落ちたアイルーを拾い上げ、どこかに怪我が無いか、すぐに確かめた。
すると、アイルーがくすぐったそうに一声鳴くので、無事だと分かってセナは安心して、ホッと息をつき、ふと我に返る。
「って、あれ? なんでアイルーが?」
アイルーを抱きながら辺りを見渡してみると、先程までいた森と丘ではなかった。
まず、自分が座っている場所は、木の台の上に綿の入った布が敷かれているベット。
そして、上を見上げれば、皮や布で作られた天井がドーム状になっている。
「え〜と、やっぱこれって……」
まだ起きぬけで、きっちり働かない頭をフル動員させて考えていると
「ベースキャンプだ……」
突然、セナの呟きの続きを言った声がする。
声のした前に視線を向けると、テントの入り口に頭防具を脱いだ蒼髪の少年の姿があった。
やはり素顔は口調と合っていて、目つきは鋭く、細かった。
顔の輪郭はシャープで、セナみたいな幼さは全く無く、大人びていた。
「アイルー達が俺たちを運んでくれた……そこのアイルーもその一匹。それと」
蒼髪は淡々と説明すると、何か手に持っていた物をセナに投げつける。
「わっ、と」
アイルーを片手に持ち替えてからすばやく受け取ってみると、それは緑の液体が入っているビンだった。
目を近づけてみてみると、それは傷の治りを早める《回復薬》だという事が分かった。
「それを一応、飲んどけ。かなりの高さから落ちたからな……」
「それもそうだけど、それよりライトは無事なの?」
「あぁ、アイツか……。アイツは」
蒼髪は顎で後ろをしゃくる。
つられて、セナが顔を向けると。
「くそがぁあああああああ! 覚えてやがれ、リオレウスーーーッ!!」
ライトの叫び声がキャンプの外から聞こえた。
「叫んでるな……」
「そ、そっか」
苦笑しつつセナはほっとする。
とりあえず、死人は出なかった。それだけで、今はよかったと言えるだろう。
命があれば、この次も狩りに出れる。それから、ゆっくりと防具や武器を強化していけば……。
と、そこまで考えていた所で、セナはふと何かを思い出した。
(そういえば、僕の武器は……)
セナがきょろきょろと辺りを見渡して何かを探す様子をしていると、蒼髪はすっとキャンプの外に出て、戻ってきた。
「あ……」
唖然と、セナは声をだす。
その両手にはセナの《バスターブレイド》が……いや、もはや只の鉄屑が持たれていた。
そんなセナに蒼髪は鉄くずを渡す。
「アイルー達が見つけて、運んでくれた……。だが、もう」
そこで言葉を区切って、蒼髪は俯く。
「…………」
無言で、セナは鉄屑を見る。
ズシリと重いが、もうただの鉄の塊になってしまっている。
これではどんなに鉱石を使っても修復は不可能だろう。
「すまない……」
蒼髪の謝る声が聞こえた。
「いいよ、いいよ。君のせいじゃない。命が助かっただけ、よかったもんだよ」
セナは明るく、笑って答える。
それでも、蒼髪はまだ罪悪感に囚われたつらそうな顔をしていたが、合図を送ったから迎えの馬車が来る事。
それだけを伝えると、蒼髪はキャンプの外に出た。
蒼髪が外に出て、キャンプ内にセナとアイルーだけになった。
セナはゆっくりと息を吸い、そして吐く。
「……っ」
ポタリ、と。
小さな水滴がアイルーの頬に落ちた。
小首をかしげて、アイルーが上を見上げると……セナが、泣いていた。
「うっ、ひく……」
セナは泣き声を上げるのをアイルーに抱き付き必死に堪えるが、嗚咽が漏れる。
肩が震え、涙が出るのが止められなかった。
「にゃぁ、にゃぁ……」
慰める様なアイルーの声をすぐ傍で聞きながら、ひたすらセナは泣き続けた。
キャンプの中で、ずっとずっと、迎えの馬車が来るまで―――
それが、三日前の事。
ギルドが管理する、ハンターの為の宿泊部屋の内《ポーン》のベッドの上でセナは思い出していた。
あの後迎えの馬車が来て、無事に何とかここまで帰ってこられ、そして蒼髪や、ライトと分かれて今の状況に至った。
(あれって……。ホント運がよかっただけなんだよね)
ぼんやりとそう思いながら、目を瞑る。
すると、あのリオレウスの姿がくっきりと浮かんでみえる。
それと同時に、身震いする。
だが、それは決して恐れからではなく、倒したいという思いからの武者震いだった。
「もう一回、あのリオレウスに会いたいなぁ……」
そう呟きながら、その体勢のままで顔を横に向けてみると、ボロボロになった《バスターブレイド》が部屋の隅に積み置かれているのが見えた。
愛刀を失った事を実感してしまい、また泣きそうになり、目に涙が溜まる。
だが、頭を軽く振り溜まった涙を払うと、勢いをつけてベッドから起き上がる。
「よしっ」
一人頷き、決心した様子で気合の言葉を小さく言うと、アイテムボックスに近づく。
中の丁寧にまとめられている《素材》を、そばに掛けてあった布袋に入れる。
そして、部屋の外に出て行った。
翌朝。セナは昨晩のうちに頼んでおいた物を武器工房から貰い、それを背中に背負いながら宿泊部屋が連なる廊下を歩いている。
真っ直ぐと建物の外にでる廊下を歩いている途中、二人のハンターが立っているの見えた。
その横を通り抜け、そのまま行こうとした時。
「おい、あの話聞いたか?」
そのハンターの向いには同じ年齢ぐらいのハンターが相槌をうっていた。
「あぁ、あれだな。イャンクックを殺して、森と丘に住み着いたって言うリオレウスの話だろ?」
(あぁ、アイツの話か……。それがなんなんだろ?)
歩調をゆっくりにし、さり気無くセナは話に耳を傾けてみた。
すると、始めに話題を出した方のハンターが、
「おう。あれにな、討伐依頼が来てクエストになったとか噂が出てるらしいぜ?」
「!?」
直後、セナの表情が険しくなり目を見開くと、立っている二人のハンターに近づく。
「その話、本当!?」
かなり驚いた口調でそんなことを聞くと、怪訝な顔で二人のハンターが振り向く。
「あ? なんだよ、坊主?」
セナの装備を見ると、最初に話題を出した方の男が偉そうに声を返す。
確かに、そういう態度をとられても仕方ない。
男の装備はセナよりも上のイーオス系の防具なのだから。
「だから、その、その話が……」
「はぁ? なんだって、聞こえねぇなぁ?」
わざとらしく手を耳に当てながら、もう片方の男も偉そうに言って、まったく質問に答えようとしない。
二人のハンターはにやにやした笑みを浮かべながら、こちらを見下ろしてくる。
からかわれてる。そう思った途端、だんだん苛々してきて、セナは大きく腕を振りかぶり
「本当なのかって、聞いてるのッ!」
大声で叫ぶと同時に、木の壁を裏拳で殴りつける。
《ランポスアーム》をつけていたので、かなりの音が周囲に響き渡った。
一気に沈黙が下り、二人のハンターの表情がさっ、と青ざめた。
「あ、あぁ……なぁ?」
「え? あ、そ、そうだぜ?」
二人のハンターは裏返った声で返事をすると、
「だがよ、坊主。お前ってハンターラン」
だが、すでにその場にはセナの姿は無かった。
視線をかえると、廊下を駆けて建物の外に出て行くセナの後姿が見えた。
二人のハンターは顔を見合わせると、首を捻った。
「……なんだったんだ? アイツ」
「さぁ……」
二人のハンターがそんな事を呟いている間に、セナは酒場の中に入っていた。
色んなハンターやビールや食事を運んでいるメイドを押しのけ、真っ直ぐと、カウンターの方へ。
(いた!)
カウンター越しに笑顔で接客しているランの姿があった。
とにかく急いで近づきカウンターの前で止まる。
「どうしたの? セナ君。そんなに急いで……」
只ならぬ勢いで走ってきたセナに驚き、
「あ、あのさ…。前、僕が受けた《イャンクックの討伐》に出たっていうリオレウスの事、なんだけ、ど」
「え? あ、あのことね」
「うん、それで。そのリオレウスの討伐のクエストが出たらしいんだけど……それを僕に受けさせて」
「……駄目よ」
ランは左右に小さく首を振った。
その途端、セナは息切れを起こしていたのも忘れて、カウンターに身を乗り出す。
「な、なんで!?」
「だって、セナ君はまだハンター登録したばっかりでハンターランクも上がってないじゃない」
そう言われた途端、厳しい現実を一気に味わされた気分だった。
確かに今のセナのハンターランク、依頼を受けるための目安の値は下から二番目の《ルーキー》。
とても、リオレウス討伐など受けられるランクでは無かった。
「だけど……」
それでも諦め切れなくてそう呟くが、とてもか細く、小さかった。
「残念だけど……」
ランは可哀想だが諦めてもらおうと、優しく言おうとした、その時。
「ちょっと待つのじゃ、ラン」
声がした方に目を向けるが誰もいなかった。
空耳かと小首を傾げたとき、ひょいっとカウンターに何かが飛び上がってきた。
その何かは―――
「なんでこんな所にいるの村長!?」
驚いて、セナは声を上げて聞いてしまった。
まさしく自分の出身地、ココット村の村長だった。
小さな身長、折れ曲がった腰、皺だらけの顔。どれもそっくりだった。
「いや、わしは村長ではないぞい。この街を仕切っているギルドマスターじゃよ」
片手に持っていた煙管をふかしながらそんな返事をするので、もう一度姿を見てみる。
すると、さっきは気づかなかったが、少しだけ髭の形などが違っていた。
「確か、セナ・サラムスと言ったのぅ?」
老人は細い目で、こちらを見上げながら聞いてきた。
「え? あ、そうだよ」
「ふむ……」
じろじろと細い目で、目の前の老人はセナをみてくる。
なんだか、観察されているみたいで気味が悪い。
「なんか僕の顔に付いてるの?」
「ふぉっふぉ。やはり、面影が残ってるおるのぉ……」
「へ?」
質問に答えず、変なことを呟く老人にセナは訝しげに首を傾げる。
そんなセナを見て、老人は口端をにぃと曲げて薄く笑うと、ランにこそこそと何か耳打ちした。
ランは頷きながら聞いていたが、途中急に目を見開いて驚き、自分を見つめてきた。
「え? え?」
ますますわけが分からなくなって、声を出すセナをおいて、二人はこそこそ話を進める。
「じゃぁ、この子はあの人たちの内の一人の……」
「そういうことじゃ。じゃからの……」
とか、何とか聞こえたが、セナには意味の分からない話だった。
「そういうことなら。分かりました、マスター」
そう言って老人に一礼すると、ランはセナに向き直る。
そして、にっこりと微笑んだ。
「それで、セナ君。リオレウスの討伐クエスト、特別に受けてもいいことに決まったわよ」
「え!?」
今度は驚きで、声を上げる。
もっともっと、わけが分からなくなったが、そんな理由はどうでもいい。
とにかく、クエストが受けれただけ良いのだ。
「じゃ、じゃぁ、早く手続きを……」
「その依頼、ちょっと待てよ」
セナが言い切る前に、聞き覚えのある声が後ろから聞こえた。
すぐに顔を後ろに向けると。
「ら、ライト。それに蒼髪……」
後ろにはライト、それに蒼髪が立っていた。
二人とも、防具も武器も全部準備済み。狩りにいく直前の姿だ。
「おい、セナ」
と、何やら、ライトがむすっとした顔でずんずんセナに近づいてきた。
「な、なに?」
若干、自分より背の高いライトに見下ろされて、びくつきながら返事をする。
「借りを返させろ」
「?」
突然、ライトが言ったことの意味が分からず、セナは小首を傾げる。
そんなセナの様子に、ライトは苛立った様子で眉間に皺を寄せ、足踏みする。
「だから!」
ライトは怒った様子でそう言うと、いったん区切り
「俺もその依頼についていかせろ! お前にあの時、助けられた借りを返してぇんだよ!」
一気にそれだけ言うと、ぜぇぜぇと呼吸をして仏頂面でそっぽを向いてしまった。
セナはライトのその様子に唖然して、固まってしまった。
しばらくしてから目を瞬かせると、隣の蒼髪になんとなく視線を移す。
「……俺も同じようなものだ。お前が一番、あの時の被害を受けたからな……」
蒼髪も小さく頷きながら、いつもの口調で言う。
セナは一気に嬉しい気持ちが胸から溢れて、咄嗟に言葉が口から出なかった。
だから、
「……ありがとう」
たった一言だけ、でも心が篭った感謝の言葉を言うと、セナは二人に向かって頭を軽く下げた。
「礼なんか、どうだっていいんだっつーの。とにかく、さっさと行くぜ、狩りに!」
ライトはぐるりと180度回転してセナに背を向け、外に向かいながら言う。
耳は赤くて、後ろから見ても顔が真っ赤な事が分かった。
きっと世界一の照れ屋であろう少年が勇んで前に進むのが可笑しくて、セナは小さく笑う。
隣の蒼髪も装備の隙間から見える目で笑っていることがわかった。
「じゃぁ、行ってきます。ランさん、マスターさん」
カウンターの向こう側の二人にそう言い、軽く会釈をしてからセナは蒼髪と共に少し駆け足でライトの方に向かっていく。
三人は笑いながら何か話すと酒場の入り口から外に出て行き、外の光で包まれてすぐに姿が見えなくなった。
「なかなか良いハンターに恵まれたようじゃのぅ……」
笑みを浮かべながらセナ達を見送るとギルドマスターはそう呟いた。
隣のランも嬉しそうに笑っている。
「えぇ、本当に。でも、マスター……大丈夫でしょうか?」
やや不安げに聞くと、心配ないというようにギルドマスターは首を振る。
「あの者の孫じゃからのぅ。依頼完遂はともかく、死ぬ事はまずないじゃろうて。それに」
「それに?」
「あの二人もおるしの。ふぉっふぉっふぉ、偶然とは面白いものじゃのぅ……」
心底おかしそうに笑うと、しわくちゃな顔をさらに笑みでくしゃくしゃにした。
まるで、とても愉快なものでもみているかのように……。
ミナガルデの馬車に丸三日揺られて、三人は再び晴れ渡る《森と丘》に戻ってきた。
前の狩りから、一週間で戻ってきた事になる。
ただ、ギルドの設置したベースキャンプの様子が明らかに前とは違っていた。
テントの天幕が焼け焦げ、半分ほど炭と化して崩れ去っていたのだ。
ここまで送ってくれた馬車の男はつい先日、リオレウスが火球を上空から放ち、ベースキャンプを攻撃したと教えてくれた。
支給品を届けに来たギルドの係りたちを襲おうとしたらしい。
だけど、そんなこと滅多にあることじゃない。キャンプ地は安全な所に設置されているのだから。
例えば、ここは周りをぐるりと岩壁に囲まれているし、飛竜類は下りられない広さ。
出入り口は岩壁に穴が空いてるが、ランポスたちなどは通れない。
それに、万が一を考えてモンスターたちが嫌う香を常時焚いているという。
ほとんど絶対にモンスターが入ってくる可能性は無い、のだが。
興奮状態、つまり警戒心が強いときには香の効果がないらしい、とはセナも聞いたことはあった。
けれど、実際にこうした現状を見ると、飛竜の獰猛さを改めて実感する。
(怖いけど、逃げちゃいけないんだよね……ううん、絶対に逃げない)
焼け焦げているキャンプを見上げながら、セナはそう決意する。
それから、背中に鎖で背負っている新しく作った大剣を外し、地面に立てかけると砥石を取り出した。
目の前にある刃先から柄まで全て硬い骨で出来ている大剣は《アギト改》という大骨剣だ。
《ランポスの牙》や《竜骨》をふんだんに使った、代物だ。
(本当は《リュウノアギト》まで強化したかったんだけど、素材が足りなかったんだよなぁ……)
ふぅ、と息をつくと、砥石で刃を研いでいく。
武器は手入れを怠ると、消耗が激しくなってしまうからだ。
(でも、前の《バスターブレイド》よりも切れ味は悪いけど、威力は高いはず。上手く斬りかかれば……っと、こんなもんかな?)
研ぎ終わったアギト改を持ち上げ、刃を見てみる。
丹念に研がれた刃は刃毀れ一つ無く、骨なのに綺麗に鋭くなっている。何だか前よりも強そうに見えた。
「おーい、支給品はなんとか無事みてぇだ。やっぱ、ギルドの仕事は確実だよなぁ……って、体が抜けねぇ! ちょっ、セナ来い!」
満足気にアギト改を眺めていたら、後ろからくぐもった呼び声が聞こえた。
振り返ってみると、支給品箱に体を半分入れているライトの姿があった。
どうやら体がひっかかって抜けないらしい。
「あぁ、もう。何やってんだよ。遊んでないで、ちゃんと支給品出してよ」
呆れて返事をすると、振り返って支給品箱の方に近づく。
「うるせぇ。出そうとしてたっつーの!」
支給品箱に体を入れたままライトは叫ぶと、じたばたと暴れだす。
それが何とも滑稽で、見てられない。
セナはわざと大きくため息をしながら、ライトの足を掴み勢いよく引っ張る。
だが、案外簡単にライトの体は抜けて、勢い余って―――
「ふぎゃっ!」
セナは上から落ちてきたライトに潰されて変な悲鳴を出す。
「っと、わりぃわりぃ。これ、出そうとしてたんだけどよ」
笑いながらライトはセナの上から降りると、掴んでいた応急薬が入っている薬ビンを突き出してきた。
「支給品出すたびに潰されたんじゃぁ、体が持たないよ。まったく……いたた」
ぶつけた腰を擦りながら立ち上がり、薬ビンを受け取ると、セナは嫌味たっぷりに言い返す。
「まぁ、いいじゃねぇか。細かいこと気にすんな。―――んで、あれはなんだよ? あんなの支給品にあったか?」
そう言いながら、ライトはベースキャンプの横に置かれた大きな赤いタルを指差す。
「あぁ、あれね。《大タル爆弾》を作るのに必要な《大タル》。今、蒼髪が《火薬》を調合してくれてるんだけど……」
「……できたぞ」
そんな声と共に、キャンプの中から蒼髪がパンパンに膨れ上がった布袋を数個掴んで出てきた。
中には《ニトロダケ》と《火薬草》で調合された《火薬》が入っているはずだ。
「あとはどうすればいい……?」
「後はねぇ。ちょっと、待ってて」
そう言ってからセナはキャンプの中に入り、ふせんがあちこち挟まれた分厚い《調合書》を持ってきた。
それを開いて、何か読む。
「えぇ〜っと。後は、大タルに慎重に少しずつ、火薬を入れるだけ。本当に慎重に頼むよ」
こくり、と一度頷くと蒼髪は大タルが置いてある方へ向かい、再び黙々と調合をはじめた。
と、言っても大タルに火薬を慎重に注いでいるだけだったが。
「なんだかめんどくさそうだな。別に、道具なしでいった方が早いじゃねぇの?」
その様子をさっきから見ていたライトはつまらなそうに言うと、腕を頭の後ろで組む。
セナはその感想を首を振って否定すると、ライトの方に向き直る。
「そんなことないよ。道具は上手く使えば、武器なしで勝てる時もあるだから」
「ふ〜ん? ま、俺は武器で戦う派だけどね。道具なんか弱虫が使うもんじゃねぇか」
特にセナの言う事に関心を示さないで、そんな事を言う。
弱虫、と言う言葉にピクリとセナは片眉を上げて反応した。
「……よく言うよ、リオレウスにぶっ飛ばされたくせに」
今度はライトが反応を示す番だった。
セナよりももっと露骨に片眉を上げて、詰め寄ってくる。
「あぁ? 何か言ったか、ビビリ君?」
「なっ、誰がビビリだよ!」
「テントみて、緊張してたのは誰だろうなぁ?」
「うっ、うるさい! ライトなんか、只突っ込むだけの《ブルファンゴ》並の頭しか持って無いくせに!」
「やるかこの野郎!」
そう言い合って、お互いが武器に手をかけようとしたとき。
突如、頭を何かに掴まれた。
「うわっ」「なっ」
驚き、視線を横に向けると蒼髪が立っていた。
何やら只ならぬ空気を身に纏っている。
「黙れ。気が散る……」
蒼髪の《ランポスキャップ》の切れ込みから見える目は完全に据わっていた。
冷や汗をかくセナとライトは無言で顔を合わせると、頷きあい。
「「ごめんなさい」」
同時に蒼髪に謝った。
何だかんだあって時間が掛かったが、武器の手入れも終わり、道具も全部準備して支給品の携帯食料も食べ終えた。
やっと、全ての出発準備が整った。
あとは……。
「さて、と。まずはどこに向かおう?」
作戦だった。
セナは腰に掛けてある布袋に入れてあった支給品の地図を出すと、両手で大きく広げる。
「そうだな……もし、居るとしたら奴の食料のアプノトスがよくいる[エリア3]。そして、水場のある[エリア10]だな。二つとも奴が十分降りられる広さだ」
蒼髪は地図中の[3]と[10]を指し示した後、最後に[エリア5]を指す。
「あとはあの時にアイツに会った……[5]、だな。だが、ここは休息に使う以外は来ないだろう」
「そうだね。他にも降りられそうな場所はいくつかあるけど、エサも無いしあまり来そうに無い場所だし」
「んで、どういう経路で行くんだよ?」
後ろから地図を覗き込みながら、ライトが聞いてきた。
少し悩むようにセナは地図を見つめる。
「ん〜……まずは、ここからエリア1、2、3を通って[エリア10]まで行ってみよう」
《ランポスアーム》をつけた手でキャンプのある場所から[10]までなぞりながら答えた。
隣を見ると、蒼髪が頷いたのが見えた。
「んじゃ、準備はいい?」
地図を丸めて布袋に詰め込み、見渡して聞く。
蒼髪とライトは頷き、下に置いておいた自分の荷物の入った布袋を腰に括り付ける。
「それじゃぁ、一人1つずつ大タル爆弾を持って」
そう二人に言ってから、セナは三つある大タル爆弾の内の一つを担いだ。
それから[エリア1]へと出るトンネルをくぐろうとしたが。
「っと、なんだこれ。かなり、おもてぇぞ!」
驚いたように言うライトの声が聞こえ振り返る。
なんだか足がちょっと震えているような気がしないでもない。
その反面、蒼髪は平気そうに大タル爆弾を担いでいる。表情が見えるわけではないから、想像だが。
「そう? でも、その分威力も凄いから、我慢して」
そう言うと、セナは[エリア1]へと行くトンネルの前に戻ろうとしたが、その前に一度立ち止まって再び後ろを振り返った。
「どうしたんだよ? 忘れもんでもしたか?」
重さに我慢して歩き出そうとしていたライトは不機嫌そうにきく。
「言い忘れるとこだったけど、運ぶ時は慎重にね。誤爆でもしたらあっという間に消し炭だから」
「…………」
ライトは顔を引きつらせると、無言で大タル爆弾を振り返って見る。
それから、大きくため息をついた。
「どしたの?」
「はぁ……。いいから、とにかく行け」
ライトの疲れた様子に、分けが分からないという感じでセナは小首を傾げた。
「まいったなぁ……」
置いた荷物の隣で、困ったように《双眼鏡》を覗き込みながら小声でセナは呟く。
丸いレンズの先にはランポスの群れが数頭、歩いている。
見える限りでは四頭。前よりは少ないが、茂みなどに隠れている場合はもっといるかもしれない。
「あんな奴等、さっさと片付けちまえばいいじゃねぇか」
横で同じようにしゃがんで、身を隠しているライトが双剣を構え様としている。
それを横目で見ると、右手を出して止める。
「そういうわけにはいかないよ。もし、武器が刃こぼれした時にリオレウスに会うのは避けたい」
「んじゃぁ、突っ切るのか?」
「大タル爆弾背負ったままで?」
セナにそう返されると、ライトは行く前に自分に言ったセナの言葉を思い出し、体をブルッと震わした。
二人ともどうするべきか喉の奥で呻って悩む。
「……なら、これは俺の役割だな」
蒼髪がそう言ったのが聞こえたと思ったら、パスッという小さな火薬が炸裂する音が聞こえた。
視線の先で一番近くにいたランポスの頭が爆ぜて、倒れた。
セナは驚いて双眼鏡から目を離し、後ろを見ると蒼髪が膝を曲げてライトボウガン、《デザートストーム》を構えていた。
サイレンサーの取り付けられている銃口からは白い煙が上がっている。
そこから続いて三発分、続けて銃声が鳴る。
それとほぼ同時に遠くからランポスの短い悲鳴が同時に聞こえた。
視線を前に戻すと、やはり四頭いたランポスが全て倒れて死んでいた。
「やっぱり、すごい射撃の腕だね」
セナは素直にそう言ったのだが、蒼髪は無言で立ち上がるとデザートストームを背負いなおした。
やっぱり、すごく取っ付きにくいな、とセナは思った。と―――。
「どけっ!」
突然、後ろにいるライトにそう言われた。
しかし、セナは迷わず横っ飛びにその場から離れる。
そして上を見ると、崖から一つの黒い影が、ランポスが落ちてきていた。
あのまま落ちればランポスの爪が当たって、大タル爆弾が爆発してしまう。
慌てて背中のアギト改の柄に手を伸ばしたが、その前にライトが背中に右手を回して双剣の一本を外しながらランポスに向かって振り払った。
「ギャァッ!」
双剣の刃に足を斬られたランポスは、大タル爆弾にぶつかる寸前で地面に落とされる。
セナはすかさず起き上がろうともがくランポスに、アギト改を背中から外しながら一気に振り下ろす。
巨大な刃がランポスの胴を真っ二つに斬り裂く。
悲鳴を上げることなく、ランポスは動かなくなった。
「ふぅ〜……危なかった」
勢いを付けすぎて地面に食い込んだアギト改を引き抜き、柄を縮めると背中に戻すとほっと息をつく。
「もうちょっとで、大タル爆弾が誤爆するとこだったよ……ありがと、ライト」
「おう。この俺の天才的な反射神経に感謝しろよ」
ライトはふん、と鼻を鳴らすと腰に手をあて、偉そうに胸を張る。
「……なんだか、一気に感謝の気持ちが薄れた気がするんだけど」
「なんでだよ?」
「ま、いいよ。とにかく、先へ急ごう」
そう言うと、何とか無事だった大タル爆弾を担ぎながら、先へと進む。
後ろの二人が来るのを待ってから、全員で細い道を通って[エリア3]へと出た。
一週間前にあった酷い光景はやや自然の修復力で治り、荒地の様な光景ではなくなっていた。
またゆったりとした時間が流れる気持ちいい場所に戻っている。
本当にリオレウスがいるなんて信じられないな、そうセナが思った。その時。
轟、と後ろから前に向かって突風が吹き荒れ、草をなびかせる。
上空を見あげると、そこには確かにリオレウスが飛んでいた。
[エリア10]の方向へと真っ直ぐ滑空している。
「いくよ!」
セナは大タル爆弾をしっかりと背負いなおして、全力で[エリア10]へ続く場に向かって走り出す。
蒼髪もライトも急いで後に続く。
ひょうたんの形をした、草原を走りぬけ、すぐに[エリア10]へと下る緩やかな坂の前に着いた。
三人は無言で頷くと、今度は慎重にややしゃがんで坂を下りる。
段々と森の木の葉で日の光が遮られ薄暗くなっていく。
完全に坂を下りきる頃には、涼しい風が流れる薄暗い森の中に入っていた。
全てが緑なのに対し、その中に紅い巨体が悠々と存在している。リオレウスだ。
「(いい? 《けむり玉》を投げるから、あいつがこっちに気づかないうちに足元に大タル爆弾を置くよ? 着火は蒼髪、よろしく)」
セナはリオレウスに気づかれないように、小声でこれからの行動を伝えた。
二人が頷くと、セナは腰に手を回しけむり玉を掴む。白い煙を出す、特殊な手投げ玉だ。
着いている紐を引き、衝撃を与えると、音を立てないようにリオレウスに向かって転がす。
けむり玉は白い煙を出し、[エリア10]一面を白い霧で覆った。
そこまで濃くは無いが、リオレウス程度なら視界をつぶせる。
奴自身も、異変には気づいてきょろきょろと辺りを見渡しているが、こちらには全く気づいていない。
すぐに三人はなるべく音を立てないように、しかし、小走りでリオレウスに近寄る。
さすがに、数歩先にまで近づいた時には冷や汗を掻いたが、まだこちらに気づいていていない。
それでも、見つかると厄介だ。
背中の大タル爆弾を急いでリオレウスの太い両足の間に置くと踵を返してその場から駆け出す。
足音でこちらに気づいたようだが、もう遅い。
隣の蒼髪がある程度距離をとるとデザートストームを構え、銃口を大タル爆弾に向けている。
小さな破裂音の直後、大タル爆弾が一瞬だけ光ったかと思ったら、爆炎と共に大轟音が響き渡った。
爆風が辺りに吹き荒れると同時に、生臭い血の雨が降りかかってきた。
顔にかかるのを腕で防ぎながら、セナは黒煙から現れたリオレウスを見る。
足の甲殻や腹の肉が吹き飛び大量の血を流しながらも、悲鳴を上げ暴れていた。
「くそっ。あれだけの威力なのに、死なねぇなんてな! いくぞ、セナ!」
腹立たしげに隣でライトは言うと、以前とは明らかに形が変わっている双剣を構えた。
鎌のように剣が反れ、刺の様な物が付いている。
それは、おそらく《ツインダガー改》の強化後の《ハリケーン》だろう。
ライトもライトでちゃんと対策はとっていたのだ。
「分かってる。蒼髪、援護―――」
セナは後ろにいる蒼髪にそう呼びかけようとしたが。
―――グォオオオオオオオンッッ!
リオレウスの怒りの咆哮が、木を、空気を、森全体を揺らし、声が掻き消される。
セナとライトは耳を慌てて押さえようとしたが間に合わず、まともに咆哮を聞いてしまった。
すぐに体の硬直し、首がすくむ。
(動かないっ!?)
話には聞いていたが、ここまでは知らなかった。
まるで金縛りにあったようにその場から動けない。
何とか顔を上げて前を見ると、リオレウスが鋭い牙が並ぶ口を開けていた。
真っ暗な喉の奥で、火が見える。ブレスだ。
(うっ、動け! 動けよ!!)
逃げようと、必死に足に力を入れるがガクガクと震えて動けない。
やられるのか。
リオレウスが大きく首をもたげるのを見ながらそんなことを思ってしまう。
そんな時、一発の銃声がやけにはっきりと聞こえた。
直後、ブレスが放たれる前にリオレウスの顔の甲殻に何かが当たり、血が飛沫が上がる。
放たれたブレスは二人から大きく反れ、後ろの方に飛んでいった。
爆発音と共に熱風が背中から吹き、よろけた拍子で体の硬直が何とか治った。
「……早くその場から離れろ。次が来る」
後ろからそんな声がかけられ、セナは今のは蒼髪が助けてくれたのだとやっと理解した。
「ありがとう、蒼髪! そんで、行くよライト!」
「あぁ!」
セナとライトは頷き合うと、それぞれ左右からリオレウスに向かって走る。
リオレウスは二人が近づくのを見ると、巨大な尻尾を体を回転させ振り回す。
それを掻い潜り、ライトは足元に近づくと同時に双剣を抜き、リオレウスの足を斬りつける。
《ハリケーン》の刃は甲殻を吹き飛ばされた足など、楽々切り刻んでいる。
「らぁああああっ!」
一方、セナは気合を入れ、翼にアギト改を振り下ろす。
あまりの硬さに火花を上げて弾かれるが、翼爪にひびを入れることができた。
足を踏ん張り踏みとどまると、上がった腕をもう一度、振り下ろす。
今度は弾かれずに、翼爪を叩き折れた。
と、目の前でリオレウスの巨体が大きく回った。
急いでセナはしゃがんで、地面を転がる。
すぐ上を太い尻尾が通り過ぎ、恐ろしい風圧が行き過ぎた。
セナは一歩退いてライトの様子を見ると、まだ足元にいる。
そこは尾の一撃も来ないし、頭も届かない比較的安全な場だ。
ただ、さすがに居過ぎるのは良くない。
声をかけようと、視線を向けた。
が、裂傷から次々と噴き出す血をあびながら、ライトの様子が変わっていっているのに気づいた。
明らかに剣速が上がっていっているのだ。
ライトは《ハリケーン》を振るいながら、口端を曲げ、笑っている。
そして、急に斬るのを止めると。
「鬼人化ッ!」
そう叫び、双剣を頭上で擦り合わせた。
軽快な音が響き、ライトの剣速はさらに上がる。
対の剣を振り回して、足を、腹を、尾の根元を、斬って斬って斬りまくる。
それはまるで舞いだが、とてつもなく荒々しい暴風のような、乱舞。そうとしか言いようが無かった。
抉られた肉や血が降りかかろうと、切り傷の上に切り傷を作っていく。
そして、最後に二本の剣を足に向かって振り下ろした。
リオレウスは咆哮を上げて、横倒しになる。
すぐさまライトは後ろに飛んで、その巻き添えになるのを避けた。
その時には息が切れ、肩が動いていた。
(次はこっちの番!)
セナはアギト改をしっかり構え、倒れてもがくリオレウスに近づく。
そして、のたうつ頭めがけて容赦なくアギト改を振り下ろした。
硬い手ごたえだが、それ自体の重さでリオレウスの頭を地面に埋め込ませれた。
(もう一撃ッ!)
下ろした腕を、力を入れて振り上げる。
だが、目の前のリオレウスの口が開かれた。
途端、嫌な熱気をはらんだ焦げ臭いにおいがする。
それが何なのか分かったセナは、咄嗟にアギト改を盾の様に構えた。
リオレウスの口から放たれた火球が大剣の刀身に当たり、四散する。
腕が痺れたが、何とか耐えた。
大剣越しに前を見ると、リオレウスが頭を地面から抜き、両翼を広げている。
「逃がさないっ!」
アギト改を大きく横に薙ぎ払うが、遅かった。
すでに、リオレウスは地面から飛び立ってしまっている。
巻き起こる土埃で思わず腕で顔を庇ってしまう中、銃声が聞こえ、強い臭いがした。
空を見上げると、リオレウスの翼に赤い液体が付着していた。
あれは強いにおいを発する、ペイント草の色だ。
リオレウスはこちらに向かって低い唸り声を上げる。
セナは空中からの毒爪に対処できるように身を固くしたが、リオレウスはゆっくりと回旋し何処かへ飛んでいった。
「……ふぅ」
完全にリオレウスの姿が消えてから、セナは息を吐き、気持ちを落ち着かせる。
とんでもない命のやり取りで、気づけば防具の中が汗まみれだった。
やはり、飛竜といったところなのか。
今までのモンスターなんかより、ずっとずっと強力で恐ろしかった。
今、生きているのが不思議なほどだ。
「……ん」
小さく声を漏らすと、セナは自分の耳を兜越しに叩く。
まだ、さっきの咆哮が耳の奥で残響していて、足がおぼつかない感じがした。
けれど、もう少しだ。
あと少しで、リオレウスを狩れる。
ペイント草の臭いをたどると、今は[エリア5]にいるようだ。
おそらく、寝て体力を回復しているのだろう。長い時間ほっとくと、傷を再生されてしまう。
セナは拳を握り、気合を入れると、大剣を背負い[エリア3]へと戻る道へと体を向けた。
する、と。
視界の隅でライトが仰向けで倒れているのが見えた。
「ら、ライト!」
慌てて、すぐ傍に駆け寄る。
その様子に気づいた蒼髪も駆け寄ってきた。
「ねぇ、どうしたの!?」
「う、うぅ〜……」
セナはライトの体を軽く揺さぶるが、苦しげな呻き声が返ってくるだけだった。
どうしたことなのだろう。
もしや、避けきったと思った尻尾を実は喰らっていたのか。
だが、防具には何の損傷は無い。
(じゃぁ、一体なにが?)
そう、セナが不思議に思った。
その直後。
ぐぅぎゅるるるるるる〜〜〜……。
と、音が。
まるで何かのモンスターが唸り声を上げたような、そんな音がライトから、詳しく言うと、腹部から聞こえた。
そして。
「腹減ったぁ……」
今にも死にそうな声でライトは声を出した。
「はぁ?」
たまらず、セナは間抜けな声を上げてしまった。
ライトに残っていた《携帯食料》を与え、満腹にさせてから[エリア5]に向かう途中、粗方の説明は聞いた。
先程、ライトが行った《鬼人化》、そしてリオレウスに凄まじい斬撃を与えた《乱舞》という剣技。
これを併用すると恐ろしくスタミナを消費し、直前にどんなに食料を取っていても腹が減ってしまうとの事だった。
「双剣使いはみんなそうなの?」というセナの質問にはライトは顔を背けて答えなかった。
おそらく、ライトだけの事なのだ。
「まぁ、とにかく。下手に……えっと、鬼人化、だっけ? は、しないでよ。戦闘中に倒れちゃったら、助けられないんだからね」
[エリア4]を駆けぬきながら、心底疲れた口調でセナは言うと、ライトはけっ、と言い捨てる。
「わーってるよ。あの時はどうしても鬼人化をしたくなっちまったんだよ。双剣ってな、攻撃に特化した武器だからな。時々、感情が高ぶっちまうんだよ」
「普通の時も高ぶってると僕は思うけ―――い、だっ?!」
冷やかしの言葉は最後まで言い切れなかった。
籠手をつけたままのライトの固い拳を、後頭部に喰らったからだ。
「それ以上、くだらねぇこと言ったら、お前を乱舞で切り裂いてやる」
左を見ると、ライトが明らかに怒った表情をしている。
「どうせ、また腹減ったぁ〜って倒れるだけでしょー」
「なにぃ?」
また、二人とも喧嘩になりそうになる。
が。
「……いい加減、黙っておいた方がいい」
さっきから黙っていた蒼髪が口を開いた。声音は重々しく、真剣だ。
そのわけはすぐに分かった。
喋っている間に[エリア5]へ入る洞穴の隙間がある段差の下までに着いてしまっていたのだ。
「ご、ごめん」
「わりぃ……」
すぐにセナとライトは蒼髪に小声で謝ると、逃げるように段差をよじ登った。
そして、三人とも、ついに[エリア5]のまん前に着く。
洞穴の隙間から臭う、血とペイント草の臭いが、この奥にリオレウスがいること教えてくれている。
全員、一気に表情が険しくなる。
ここは最後の決着を付ける場でもあり、ここで無念の死をとげたハンターや他のモンスターが眠る場所でもある。
緊張して当然だ。
生唾を飲み込むと、セナは後ろを振り返り、二人に顔を向ける。
「―――決着の、時間だ……」
セナたちは[エリア5]の中にゆっくりと入ると、すぐに身構えながら岩陰から顔を出す。
視線の先、巣の中央。そこにリオレウスが立っていた。
―――グゥウ……。
[エリア5]全体に低く重い、苦しげな唸り声が響く。
おそらく、痛みで寝ることができなかったようだ。
リオレウスは首を持ち上げて辺りを油断なく見張っている。
その暗い眼光と目が―――合った。
「グォオオオ!」
リオレウスは一声咆えると、口からは赤い火を吐きつつ、巨体を揺らしてこちらに向かって突っ込んでくる。
すぐさま、セナは二人と視線を交わすとその場から離れ、前方に、巣の中央に向かって駆け出す。
[エリア4]と[エリア5]への入り口は狭い。
そのまま突っ立ってたら、突進から逃れる術なく轢き殺される。
横をリオレウスの巨体が行き過ぎ、大重量のものが地面を擦る音が背後から聞こえた。
振り返ると、さっきまで立っていた場所にリオレウスが勢い余ってうつ伏せで倒れている。
「ちっ、まだ弱っちゃいねぇか」
「ううん、ダメージは確実に与えてる」
隣でライトが苛立たしげな呟きを、セナは否定した。
そして、さっき目が合った時に見たリオレウスの口を思い出す。
確かに、口からは火が漏れ出していたが……血も混じっていた。
さらに突進も、一番初めに会った時の奴ほど速度が速くない。
「ふーん、ならガンガン攻めるぜ!」
ライトは双剣を構え、リオレウスに向かって真っ直ぐ、駆け出した。
そのすぐ後にセナはライトとは逆に、曲線を描くようにリオレウスに近づく。が。
「う、わっ!」
すぐ目の前をリオレウスの尻尾の刺が行き過ぎた。
慌てて下がると、ライトも上手く近づけずにリオレウスの周りをうろうろしているのが見える。
「くそっ」
弱っていても、しぶとい。
そう容易には狩れないか。
苛立たしげにそうな事を考えている時、銃声とツンとした臭いと黄色い硝煙が何処からか流れてきた。
「これって……」
その銃声と臭いが放たれるたびにリオレウスの動きがおかしくなっていく。
まるで電撃を流されているように、ガクガクと体と足が震え出した。
それでやっとセナは理解した。
蒼髪が麻痺弾を撃って、リオレウスの動きを封じている。
「ライト、今の内に行くよ!」
「わーってる!」
ライトがハリケーンの刃でリオレウスの首を切り裂く。
リオレウスは悲鳴を上げるが、麻痺が抜けてないせいでまだ動けない。
その隙にセナは尻尾めがけてアギト改を振り下ろす。
巨大な刃に尻尾は切断され空を舞うと同時に、リオレウスはさらに大きな悲鳴を上げた。
尾の根元から血を吹き出しながらバランスを崩して転ぶ。
さらに追撃をしようと、セナはアギト改を横に構え、薙ぎ払う体勢をとる。
だが、セナより先にリオレウスの方が早く動いた。
「ッ!」
即座に危険を感じ、薙ぎ払おうとした大剣を無理やり前に戻して盾にする。
盾の向こう側で、急にリオレウスが飛び上がった。
足の爪がアギト改を擦り、火花が散った。
振動に耐えつつ、顔を後ろに向けてセナは叫ぶ。
「蒼髪! 逃げて!」
リオレウスは自分を攻撃しようとしたわけではない。
その後ろ、援護してくれている蒼髪を狙っている。
視線の先、巣の中腹にいる蒼髪にリオレウスが爪を突き出し飛び掛っている。
すぐに蒼髪は真横に飛んで、襲い掛かる爪をかわした。
そのままリオレウスは、代わりに地面を抉りながら地面に降り立った。
「蒼髪!」
声をかけつつセナは蒼髪に近づき、助け起こす。
その時、蒼髪がランポスキャップの奥で小さく唸った。
見れば手に持っているデザートストームの弦の部分が折れていた。
おそらく、さっきの攻撃が当たってしまったのだろう。
「おい、早く動け! 次が来る!」
焦ったような怒声が後ろから聞こえた。
前を見ると、リオレウスが空に飛翔して顔をこちらに向けている。
慌てて、セナは蒼髪と共にその場から離れる。
そのすぐ後にさっきまで立っていた場所に火球があたり、爆発、そして炎上した。
食べ残しの腐肉や土が焼ける嫌な臭いで肺が気持ち悪くなるが、堪えて巣を走り逃げ回る。
次々と空から灼熱の矢が放たれてきては、辺りの地面を抉っていった。
しかも、次第に黒煙と、土埃で視界が悪くなる。
最悪な展開になってきた。
そう、思いながらセナは苛立たしげに舌打ちする。
ここまで周りが見えないと、反撃に転じれない。防戦一方だ。
ふと、横を見るとライトと蒼髪が同じ場所に立っている。
そして、空を見上げれば足の爪を二人めがけて突き出しているリオレウスの姿が見えた。
「危ない!」
考えるよりも先に体が動いていた。
大剣を放り捨て一気に駆け寄ると、驚くライトと蒼髪を突き飛ばす。
それと同時にメイルが裂かれる音と、背中から鋭い何かが通り過ぎる感触が伝わった。
「うぐっ!」
短い悲鳴を上げながら、地面にうつ伏せで倒れる。
焼けるような痛みが背中からする。
傷口自体は浅いようだが、どうやら毒を喰らったようだ。
このまま放置すれば、立てなくなるかもしれないし、悪ければ死に至る。
すぐに腰に括り付けている草鞄から《解毒薬》を取り出そうとするが、そんなセナの前にリオレウスが現れる。
「グゥウ……」
土煙の中から顔を出し、喉の奥で唸りながらこちらを見下ろす眼光はするどく怒りで爛々と輝いている。
セナは圧倒的な威圧感を感じ、体が恐怖で硬直して動けなかった。
「う、あ……」
悲鳴を上げようにも、喘ぎ声しか口からは出ない。
アギト改を掴もうと手元を探るが、さっき放り捨ててしまったのを思い出し絶望する。
ここまでか。
諦めが来て体から力が抜けた、その時。
「セナ!」
リオレウスの後ろから自分を呼ぶライトの声が聞こえた。
その言葉で体の金縛りが解けた。
今だ震える両足に活を入れ、ほとんど立っていない状態で這う様に逃げ出す。
体裁は構っていられない、引っつかむように落ちているアギト改を拾うと、リオレウスに向き直る。
「うっ……」
毒が体に回っていっているせいか、若干頭がくらくらする。
けれど、セナは逃げない。どうせ逃げても追いつかれる。
ならば、最後の一撃に全てを賭ける。
アギト改を肩にのせ地面に足が食い込むほど踏ん張ると、両腕に、柄を握る手に力を入れる。
「グォオオオオッ!」
凄まじい咆哮を上げると、リオレウスは真っ直ぐ自分に向かって突進してくる。
死が近づいてくる。
揺れる地面や震える大気で体がひしひしと感じてる。
だけど、振り払ってやる。
跳ね除けてやる。
斬り崩してやる。
「あぁぁあああああっ!」
リオレウスに負けじと声を上げながら全力をこめ、近づくリオレウスの頭部に大剣を振り下ろす。
アギト改の刃と血で染まった紅い甲殻がぶつかり合い、火花が散った。
直後、爆発的な衝撃が大剣からからセナの体全体へと突き抜け、激痛と、リオレウスの咆哮を聞きながら視界が闇に閉ざされた。
さっきまで喧しかった周りが静かになっていた。
死んだのか。
当たり前か、リオレウスの突進をほとんどまともに喰らったのだから。
そうセナが思っているところで、体の感覚が戻ってきた。
「うっ……」
小さく呻き声を上げて、目をうっすらとあけると急に眩しくなった。
生きている。
やっと、巣の天井の裂け目、青空を見上げながら分かった。
と、急に視界が陰った。
「よう。やっと、起きたな」
自分を覗き込むようにライトが立っていた。
「ライト……。あ! リオレウス!」
がばっ、と起き上がろうとした直後、体中に思い出したように激痛が走った。
「いっ! たぁ……」
あちこち痛くて何処が痛いか分からない。
気づけばセナはヘルムとメイルを着てなくて、体には包帯が巻かれていた。
防具は自分の横に置いてある。
「あんまり動くんじゃねぇよ。あんな無茶したら普通は立てないんだからよ……」
やれやれという感じでライトは言うと、後ろに向かって「なぁ」と同意の声を投げる。
ライトの後ろには蒼髪が立っている。
ランポスキャップを脱ぎ、腰に紐で括り付けていた。
「あぁ。一応、寝てる間に解毒薬も飲ませたし、怪我の応急手当はしてあるが……。安静にしろ」
「うん……。じゃぁ、リオレウスは?」
それを聞くと、ライトはニヤリと笑って親指を立てて真横を示す。
セナはライトが示した方向を見て、驚き絶句する。
目の前には頭部に深い切り傷を負ったリオレウスがうつ伏せで倒れていた。
先程まで威圧的な迫力を放っていた眼も、今は光を失っている。
「やったじゃねぇか」
ライトに賞賛の言葉をかけられ、蒼髪には肩を叩かれ、セナは大きく頷いた。
二人は一度頷くと
「さて、剥ぎ取り始めましょうかっと」
ライトは大きく伸びをして、後ろ腰に差してある剥ぎ取り用のナイフを取り出した。
これから解体だ。
命を無駄にしてはいけない。
「お前もやる?」
ナイフを軽く振って玩びながらライトはついでと言うように、しかし表情だけは真剣に聞いてきた。
セナはさっきよりも大きく、深く頷き
「もちろん」
はっきりと答えた。
それを聞くと、ライトは楽しそうに笑って地面に置いてある物を掴んだ。
「なら、ほれ」
もう一本の鞘に入った剥ぎ取り用ナイフを投げよこしてきた。
両手で受け取ると、それは自分のだと分かった。
「立てるか……?」
前から蒼髪が手をこちらに差し伸べてくれていた。
ありがたくその手に掴まるとゆっくりとだが、なんとか立ち上がった。
それから三人でリオレウスの死体の横に並んだ。
「後は、平気。僕一人でやるよ」
そうセナが言うと、蒼髪は頷き自分のナイフを取り出して作業に取り掛かった。
ライトもセナも蒼髪も無言で黙々と剥ぎ取り作業をする。
セナは初めての飛竜の剥ぎ取りで上手くいかなかったが、やっと赤い甲殻《火竜の甲殻》を一枚剥ぎ取れた。
それを両手でもつと、未だにやや熱をもっている。
「……ッ」
途端、一気に脱力感が来て両手を広げ、仰向けで倒れる。
背中でポキポキと小さな骨が折れる音がする。
「どうしたんだよ」
上からライトの声がする。
だが、何故か視界が曇って表情が良く見えない。
「別にー……」
「じゃぁ、なぜ泣いている?」
蒼髪にそう言われて、やっとセナは自分が泣いていることに気がついた。
何とも情けなくて肩口で涙を拭う。
「……怖かった」
それからポツリと小さく呟いた。
「とってもとっても死ぬほど怖かった」
とてつもない恐怖を感じた。
今まであんな目にあったことはない。
これからもあいたくないが、無理だろう。ハンターとして生きていくかぎり。
「でもさ、そのおかげで分かった事があるんだ」
「何だよ?」
さっきよりも明るく、どこか晴れたように答える。
「それはさ、世界の一部でちゃんと生きてるんだってこと」
目に涙をまだ溜めながら、けど精一杯笑いながら続けた。
「今までハンターっていう感じ湧かなかったけど、今なら僕はハンターだ、ってえばって言える。
まだまだ新米で、知らないこともいっぱいあるけどさ。でも、ハンターとして、世界の一部として生きてる。そう分かったよ」
ライトと蒼髪はセナのその言葉を聞くと、顔を見合わせ
「は、ははは! 世界の一部で生きてる、面白いこと言うもんだなぁ、おい。ははははは!」
「その通りだな」
ライトは声を上げて、蒼髪はいつも無表情の顔に薄笑いを浮かべている。
「な、なんだよ。笑うなよなぁ」
何だか急に照れくさくなってきて、頬を紅くしながら二人に文句を言う。
二人はそれでもしばらく笑っていたが、段々収まってきた。
「いや、わりぃわりぃ。当たり前のことを言うんだな、と思ってよ」
「だが、その当たり前が分かった時点でハンターに一歩近づくんだがな」
思いがけない言葉をライトが言った。
「じゃぁ、三人でこれからも世界の一部で生きねぇか?」
「え?」
突然のことで意味が分からず聞き返していると、蒼髪が頷いている。
「お前ほど面白いハンターもいないだろうしな」
横の蒼髪もその案に依存は無いようで、そんなことを言った。
セナは迷うことなく頷くと、立ち上がる。
そして、地面に落ちていたアギト改を拾うと、切っ先をぽっかりと洞窟の天井、さらにその上に見える青空に突き出した。
それにあわせるようにライトも双剣の一本を、蒼髪もボウガンの銃口を空に向ける。
「僕の名はセナ・サラムス」
「俺の名はライト・マグナス」
「俺の名はアルク・シャル・ウィレス」
三人はそれぞれ名乗りを上げると、武器を軽くあわせる。
カチン、と小さな音が辺りに響き渡った。
それは自分の存在を示す音、友との約束の音、そして世界の一部であり続ける決意の音――――――。
エピローグ
「おーい! 早くしろ、セナ!」
酒場の出入り口から自分の名前を呼ぶライトの怒鳴り声が聞こえる。
「わかってる、少し待って!」
そう言い返しながら、セナは急いでクエスト受付のための書類にサインする。
やっと、書ききって目の前にいる女性、ランに手渡した。
ランはサイン部分を見ると頷き、微笑む。
「うん、確かに。じゃぁ、がんばってきてね。セナ君」
「はい、行って来ます」
笑顔で見送ってくれるランにそう言い残し、先で待っていってくれている仲間の元へと駆け出す。
ライトの隣で腕を組んで立っていたアルクが声をかけてきた。
「早く行くぞ」
「ごめん、あお……じゃなかった、アルク」
「もう蒼髪でいい」
セナが言い直すと肩をかるく竦めると、苦笑したように息を吐く。
「ま、とにかく行こうぜ」
ライトは笑いながら言うと、顎で後ろをしゃくった。
セナとアルクは頷く。
そして三人は同時に木製のドアを押し、外へと歩み出た。
ハンターであるために、世界の一部であり続けるために。
行こう。仲間と共に広大な大地へ、モンスターハンターの世界へ。
1部あとがき
なんとか第一部完結しました。
これで、G編は終了です。
続編である2編はいつ書くかはまだ決めていません。
もしかしたら、このまま書かないかもしれません。
けれど、できる限りまたこの作品も書きたいと思います。
初めて書いたモンスターハンターの作品ですから。
では、また。