狩り武者
狐様作







【狩り武者 第一話】



【狩り武者 第一話】


 オヴェルは酒場のベンチに座りながら残りのビールをちびちびと飲んでいた。
 恐らく今手に持ったビールを終えたら次に飲めるのは三、四日、悪ければ一週間後である。
もっともハンターをやっている限りこれが最後のビールになる可能性は常にあるのだ。
 しかし今回受けた依頼はいつも通り鉱石と特産キノコの採取である。
よほど運が悪くない限り、再びこの酒場で美味いビールが飲めるはずだ。
 オヴェルは今年で三十五歳になるがこの十五年間、そう言った暮らしをしてきたので特に心配などしていない。
依頼を受け、同業者と共に現地に赴き、手早く用件の物を採取し、
あとはベースキャンプで釣りでもしながら討伐などの大層な依頼を受けたハンター達を待つ。
そしてめでたく帰って酒場でビールを飲む。この繰り返しである。
 ちなみにハンターギルドという“未開の地”で働く人々の組合に入ってから飛竜討伐の依頼は一回とて受け持ったことがない。
(ケッ、そんな博打する訳ねーだろ)
 そんなことからオヴェルの着る鎧は地味で軽量なチェーンメイルと安い革のブーツのグリーンジャージである。
腰から下げているのもギルド登録した時に貰うハンターナイフだ。この装備は十五年前と変わっていない。
(あと三十分で出発か…)
 オヴェルは壁にかかった時計を気にしながら再びビールを味わった。
 今日からの一週間のため、しっかりと味を記憶するようにオヴェルは口に流し込んだビールをしばらく舌の上で転がした。
 突然、騒がしかった酒場が静まり返った。
(なんだ、また誰かが担ぎこまれたのか?)
 別に依頼で重傷を負った者が運び込まれるのは珍しい話ではなかった。この酒場はハンターギルドの本部も兼ねており、
依頼や登録用の受付、更には病院まである強大施設なのだから。
 多少の好奇心もあり、入り口の方へと振り返った。
「ほぅ…」
 いつもは眠く垂れている目をオヴェルは精一杯開かせた。
 その目線の先には一人の少年がいた。歳の頃は十八だろうか。黒い髪に黒い瞳、見慣れない旅装束に身をまとい、
背中には軽く反り返った巨大な刃物。刀だ。
(扶桑人か)
 オヴェルは素直に感心した。はじめて扶桑人を見たのもあるが、わざわざ東の島国からミナガルデまで誰かが来ること自体珍しい。
 オヴェルのみならず王国の人間にとって東方の島国扶桑とはミナガルデの眼前に広がる未開の地と同じくらい神秘的である。
唯一ここミナガルデで扶桑を連想される物があるとすれば鍛冶屋の老人が刀という扶桑伝来の武器の製造方法を知っていることぐらいだ。
 本人曰く扶桑に行って修行してきたというがあながち客寄せの創り話じゃないのかもしれない、とオヴェルは思った。
 扶桑の少年は自分が注目を浴びていることに気づかないのか、堂々と受付の方へと歩いていった。
 おのずと酒場の客から注がれる視線も少年を追いかける。
 受付では係であるベッキー嬢が笑顔で、ギルドマスターの老人が値踏みするような目で少年を迎えた。
 オヴェルの席からは遠くて彼らの会話内容は聞こえなかったが、仕種を見ていると話はどうやらスムーズに進んでいるようだ。
(少なくとも共通語は喋れるってことだな)
ギルドマスターが懐からギルド登録書を取り出したのを見ると酒場の所々から囁き声が洩れ始めた。
(何を騒いでいやがる)
 オヴェルは舌打ちした。  ミナガルデは別名ハンターの集う街とも呼ばれ、来る人間は限られている。近隣の村に住む人間か、
商人か、ハンターのどれか。背中に巨大な刀を担ぎ、遠い扶桑からわざわざ来た少年がいたとすればハンター志望であること以外に何であろうか。
 一方、手続きのほうは素早く済んだようだった。
 ギルド登録と言っても書き込まなければいけない項目といえば名前と性別だけのようなものだ。
それは狩るか狩られるかという弱肉強食の世界の中で身元や経歴など関係ないと示しているのだ。
 だが、そのせいか酒場を見渡しても分かるようにハンターにまともな人間というのは少ない。大抵は金や名声目当ての傭兵やゴロツキ。
若いハンターたちでも甘い夢を追ってきた馬鹿かあるいは何らかの復讐を胸に秘めた哀れな人間だけだ。
 目線の先にある若者も恐らくは前者なのだろうとオヴェルは踏んでいた。
 晴れてハンターになった少年はすぐさま依頼書などが貼り付けられる掲示板の方へと歩み寄った。
(いきなり依頼か…大した自信だな、おっと)
 再び時計を見ると前見た時から既に二十分も過ぎていた。
 オヴェルは残ったビールを喉に流し込むと足元に置いてあった皮袋とピッケルを担ぎ急いで酒場を出た。

 ミナガルデには建築物がほとんどないのが特徴だ。山岳都市であるため、施設のほとんどは山をくりぬいた形で建造されている。
よって街の中を通る道は広いはずなのだが、これでもかと広げられた数多の露店と買いに来る客のせいで歩くのもままならない。
 だが十五年もいれば慣れるものでオヴェルは意も解さず、真っ直ぐ目的地へと向かう。
 しばらく歩いていると大きな門が見えてきた。そのすぐ下では既に数人のハンターたち、荷物を運ぶために使われる草食竜アプトノスとその騎手、さらには馬に引かれた荷台がいた。
 ハンターたちはちょうど自分たちの荷物をアプトノスに載せているところだった。少なくとも遅れてないようでオヴェルは安堵の息を漏らした。
 早速自分の少ない荷物をアプトノスに載せるとオヴェルは集ったハンターたちを見回した。
 若い男と女のハンターが一人。如何にも引退寸前の老ハンターが一人と中年ハンターが一人。オヴェルを含めて合計五人である。
 もっとも彼らは全員が全員パーティー組んでいる訳ではない。
 ハンターは依頼を受ける時、目的地域が同じあるいは近い同業者がいると道中だけでも一緒に行動することが多い。これは現地まで荷物を運び、
ベースキャンプを設置してくれる輸送隊の苦労を減らすためでもある。
 そして現地に着いたら各々に別れ、依頼を達成するのだ。ただ問題は帰り道である。誰もが同じタイミングでキャンプに戻ってくる訳ではないし全く帰ってこない場合もある。
だから現地に着くとハンターたちは行動期間を定め、それまでに目的を達しようと努力するのだ。もちろん死んでなくとも遅れるハンターはいる。だが輸送隊はお構いなしに決められた予定に従ってミナガルデに帰還する。
 もしそうなった場合、ハンターは自力で村なり町なりに戻らなければなくなる。だからハンターは自給自足できなければならないと言われる由縁だ。
「とりあえず時間なので出発します」
 騎手が呼びかけるとハンターたちは全員馬車の荷台に乗り込みはじめた。
「待ってくれ!」
 突然若い声が響き渡った。
 その場にいた全員の目が声の主に注目する。
(あいつ…)
 目の前に現れたのは酒場にいたあの巨大な刀を背負った扶桑の少年だった。
















By Mind of Hunting